1929年(昭和4年)
2020-01-30
2021-08-18
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- 1月 22日,大夕張の駅名を南大夕張,北部駅(主として旅客の乗降及び購買会用品等少量の貨物を取扱うを目的とする)を大夕張駅と改称。 終点を通洞駅(一般乗降客を取扱わず専ら石炭積出し及び砿業所物資の積卸しを行うを目的とする)と命名。
- 2月 4日,この日から客車2両を連結運転。
- 4月 主夕張青年訓練所設置。
- 5月 7日,午後1時30分,通洞(-鹿島沢間)貫通。 専用鉄道自営運転に備え,美唄鉄道より元国鉄の9201・9237蒸気機関車譲受。(使用認可15日) 8日,9201蒸気機関車の運転する建設列車をもって、北部炭送炭を開始。 午後7時,第2斜坑でガス爆発。死者3人。 9日,大夕張山神社できる。(昭和24年大夕張神社と改称) 13日,大夕張通洞(長さ3.050m×2)の工事完成式典。 通洞選炭場使用開始。 22日,主夕張尋常小学校 高等科併置される。校名を主夕張尋常高等小学校と改称。
- 6月 1日,南大夕張~北部大夕張の間に,三菱礦業所専用鉄道が開通。自社運行送炭開始。
- 7月 26日,午後1時第2斜坑でガス爆発。負傷者5人。
- 8月 23日,午後2時通洞第4~7目抜間でガス爆発。死者不詳,負傷者28人。
- 9月 20日,主夕張尋常高等小学校校舎増築(教室7,職員室,応接室等409坪 児童数428) 24日,三菱鉱業大夕張砿業所が北部に移転。 大夕張砿業所が在郷軍人,青年団等を中心に私設三菱大夕張義勇消防組を創設。3部制。(栄町・緑町・千年町)組員90名,初代司令に藤井賢造が就任。
- 10月 26日,選炭場完成。 >鉄道事務係事務所,明石沢下流より,北部事務所落成により移転
- 11月 19日 聯合分会三菱大夕張分会発足(それまでの大夕張分会は、南大夕張分会と改称し、更に昭和5年12月23日に清水沢分会と改称)
- 12月 7日,大夕張劇場近藤利作が建築開館。(千年町)炭砿の勤務と合わせながら土・日のみ開場。土間むしろ敷き。 大夕張警部補派出所設置。
- 緑町ができる。
- 指定商24名,7号の沢の緩傾斜地(千年町市街)に入地。1戸当たり間口4間,奥行き12間として営業地及び営業種別を指定。
高田文次郎(菓子),山口辰之助(雑貨),中村保(後に富田外治・魚菜),井若喜三郎(煙草,新聞),堀田正夫(牛乳),杉田文治(履物),坂本サダ(呉服仕立),長江房太郎(魚菜),石川由作(呉服),織田静賢(酒屋),北島鉄蔵(豆腐),坂本勇次郎(バー),坂本理髪店,中川薬店,斎藤金物店,川西恂三(ブリキ),相沢半七(クリーニング),福井静枝(料亭生月),永原久弥(料理),井出豊平(土建),大井鉄平(土建),今狩蔵(ふとん),今井幸作(葬儀店),門馬雄寿(旅館),近藤利作(大夕張劇場)25名。
- 【夕張市人口 50611 : 大夕張地区人口 - 】
- 【社内炭砿人員:1.446】
- 【出炭量:164.831t 累計:1.349.530t】