月: 2020年2月

シューパロ川のほとり|栂 苓子 本棚

シューパロ川のほとり|栂 苓子

【書 名】  『シューパロ川のほとり』 【著 者】  栂 苓子 、渡部 侃 【著者略歴】 栂 苓子(つか れいこ) <本名 小田島敏子 東京生> 父の仕事の関係で,小学校一年から高校までの12年間を,夕張市鹿島の炭坑町で過ごす。卒業後,国立音大にて幼児教育を専攻。幼稚園教諭,ヤマハ音楽教…
鹿島小チャイム(埴生の宿) 音の風景

鹿島小チャイム(埴生の宿)

昭和40年 鹿島小学校 午後5時になると,鹿島小学校の時計からチャイムが流れてきました。『埴生の宿』だったようです。 チャイムの実際の速さ,音色はこんな感じだったでしょうか。 立ち並ぶ炭鉱住宅の軒下をとぼとぼ歩く。聞こえてくるのは,晩ご飯のしたくの包丁とまな板の音,食器のカチャカチャとふれあう音,台…
メタノール工場2 思い出の街角

メタノール工場2

  メタノール工場 【T,Aさん】(2006/07/03(Mon) 07:55) 左側の平屋の建物はオペレーターの監視室とポンプ 圧縮機が稼働する変成工場です。 メタンガス、炭酸ガス、水蒸気の混合ガスを触媒を通して800℃に加熱させる反応塔は右側の低い塔です。 水性ガスとしてガスホルダーに…
メタノール工場 思い出の街角

メタノール工場

  昭和40年   営林署官舎に住んでいました【 K・M(59歳)】(2007/03/05(Mon) 06:57) この工場のすぐ傍、坂の降り口左側にあった営林署の官舎に東高卒業まで住んでいました。 なつかしい! 坂を更に下るとすぐ夕張川、質や粒の良い選炭を採ったり(採取は黙認さ…
夕張岳とメタノール工場 思い出の街角

夕張岳とメタノール工場

まだ芽吹き始めたばかりの季節。雪を被った夕張岳とシューパロ川沿いに立つメタノール工場。右下に小さな取水堰のポンプ場の建物が見える。   メタノール工場【 T,Aさん】 メタノール工場は紺碧の建物、ボイラー、濃縮工場、変成工場、合成工場、蒸留工場の工程で操業していました。 写真、左に並ぶシル…
– 大夕張風物 – 精炭ポケット 岳麓の里

– 大夕張風物 – 精炭ポケット

- 大夕張風物 -精炭ポケット 精炭ポケット 画・・・・伊 藤 清 治 文・・・・佐 藤 貞 雄 4階建てほどの高い建物。うす暗いトンネルが2本、その下につづいている。貨車の列が、このトンネルから、石炭を積んで押し出されてくる。貨車のない、いっぽうのトンネルをのぞくと、水が雨だれのように落ちてくる。…
大夕張ズンドコ節 映像

大夕張ズンドコ節

大夕張で歌われていたズンドコ節。大夕張の町名が歌に織り込まれて歌われた。 ※曲データ 大夕張ズンドコ節    作詞作曲不詳 大夕張 よいとこ 一度はおいで  緑 弥生に 春日に 代々木   栄 富士見に 宝に 錦 千年 常盤は 恋の町    (ずんどこ ずんどこ) 汽車がポーッと出りゃ 千年に 明石…
昭和36年 緑ヶ丘から鹿島小体育館を背にして 思い出の街角

昭和36年 緑ヶ丘から鹿島小体育館を背にして

昭和36年頃。後ろに見える建物が鹿島小学校体育館。 このあたりには、鹿島中学校や、鹿島小学校の教員住宅が建っていました。 一時期、私の叔父一家もここにいたようです。右手、体育館裏には、校長住宅もありました。 写真を大きくして見ると、手前に建築中の住宅が一棟あるようです。 白黒写真に着色した画像…