昭和32年 横綱千代の山・栃錦 大夕張巡業

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昭和32年8月、横綱千代の山と栃錦の巡業風景


『二十年史』に見る横綱千代の山・栃錦の巡業風景  【飯田雅人】

 大夕張炭鉱労働組合の『二十年史』(昭和41年発行)にはこの両横綱来山でわき立つ炭山の人たちの様子を次のようにユーモアも交え描写しています。

 初秋のはじまった秋晴れの8月2日、(32年)山神社下の特設土俵で千代の山、栃錦一行の大相撲が炭山中の人々を集めて、花相撲を交えながら、ヒイキ力士に拍手応援がとんでいた。

 小学生であった霜降君(現幕下 朝登)が栃錦の胸を借りて土俵際に追いつめると、郷土期待の声援を受けて、顔を真っ赤にして頑張る。

 秋晴れの陽はサン、サンと土俵上を包つつみ、土手の上をダン、ダンに削りとった特設見物席は人の波が重なりあうように神社の山頂までグルリと花が咲いたように広がっている。

 横綱の土俵入り、取り組みがあるとヂイさん、バーちゃんが、孫を忙しく抱き上げて千代の山、栃錦の肌に触らせる。

 「横綱にさわったから、キッと丈夫な子に育つ」と、祖父母は目を細めて安心したように、土俵上の取り組みに熱中する。

 小兵で強かった栃錦に若い女性の人気が集まったが、砂っかぶりで仕切りをする真後ろにいて、クローズアップされた横綱のお尻をまともに見て、ブツ、ブツとニキビの抜けなた肌が、抱いていた理想とはおよそ見当違いでガッカリした娘(ヒト)もいたようだが、父親が寝ずの番をして取った場所であれば文句もいえない。


幼い小学生の見た大夕張巡業  【准ちゃん】

 半世紀近い昔。旅客機もまだよく飛んでいない時代。夕張山麓の、ど田舎の小学校の、その横にあるチンケな土手に大相撲が来た。

 この写真の「土俵入り」は、まぎれもなく現実の出来事だった。

 この土俵は、屋根を支える柱の間隔が狭くて、土俵下に落下する力士は皆、柱への激突を避けて不自然な体勢のまま観客席に落下した。

 重くてでかい力士が次々と足を広げて背中から観客席に飛び込むのだった。

 幼い小学生は、けが人が出ないよう祈る気持ちでこの様子を見ていたのだったが、不思議と、誰も怪我することなく終えたこの日の大夕張巡業なのだった。


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