昭和36年鹿島小の修学旅行 |内川准一

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 小学6年の修学旅行のことです。

 昭和36年の修学旅行は、汽車で清水沢駅前に集合。

 集まった生徒約400人は、ここでバスに乗り換えて支笏湖経由で苫小牧に向かったのです。

 苫小牧では元町か糸井のあたりでバスを降りました。

 山猿のわれわれは、ここで、生まれて初めて(?)海辺の砂遊びを楽しみました。

 

 
 当時のそこいらは、国道と海辺の間に広大な砂浜があって、砂丘も存在していた。

 砂丘上にはところどころ漁具を納める小屋が点在していて、東方海上では浚渫船が港を掘っているのが見えた。

 

 波打ち際には、丸みを帯びた握りこぶし大の軽石が、波に合わせてざらざらと動いていた。

 風呂に使う、と、持ち帰った者もいた。

 

 
 大人になって2回の室蘭勤務の間、何回かこの浜に立ったけれども、よしずをめぐらした砂丘風景も軽石も、当時の様子はほとんど見出せなくなっていました。

 

 

 「錦岡」は、その場所に近い。

 当時からそのあたりは、海辺でも山側でも砂を掘っていたようですが、その砂が遠く大夕張付近まで運ばれていたと知って、今更ながら、不思議な縁と感慨を覚えます・・。

 

 

 鹿島小学校の修学旅行が、清水沢駅前からスタートしていたのは、大夕張が陸の孤島だった時代でもあります。

 そんな時代は、この年がきっと最後だったのでしょう。

 

 

   (2002年4月11日 記)

 



思い出ばなし

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