そり遊び |石崎佳美

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代々木町と春日町を結ぶ坂道(建物の配置は昭和33年頃)

 

 

青い線の坂道でそり滑りをしてました❗️

 
地図をひっくり返して見ると、幼い頃の記憶には驚いていますが、赤い印の我が家から、

 

「家を出て少ーし右に行って坂を降りて」

 

と覚えていました。

 

 

 

 

 

 
坂のそり遊び、今でも覚えています。

 

近所のお兄ちゃん、お姉ちゃん達と一緒にそり遊びをさせてもらいました。

 

そりは3人乗るとギュギュで、1番小さかった私は、安全を考えて真ん中に乗せられていました。

 

そりは後ろに重い人(年長の人)が乗る方が、バランスが取れるようです。


 

1番最初は、あまりにもスピードが早いのと、長い距離なので、小さい私は、怖くて目をつぶっていたと思います。

ある時、1番前に乗りました。

 
新雪で、まだそり滑りをしたあとはありませんでした。

 
坂の上から、いつものようにダーッと長い距離を滑りました。

 
1番前にそりに乗りこんだ私は飛んでくる雪で、息が出来なくなりそうでした。

 
あっというまに、坂の下。

 

 
苦しみから脱出。

 
坂の下に着いた時には顔も、上着も真っ白。

 

 
みんなは笑ってました。

 
それでも、楽しくて、坂を大きいお兄ちゃん、お姉ちゃんのあとについて登り、また、そり滑りをするのでした。

 

 

 

そのうち、スピードがやみつきになり、一人で滑っていたかもしれません。

  

札幌に来て、ブルドーザが押し上げた雪でできた坂を滑ったりしてみましたが、あの迫力には全くかないません。

 
あの長い距離の坂道。

 

姉がそり遊びをしていたのは、多分…小学校中学年までと思われるので、私が幼稚園前の頃まで。

 
姉が行かなくなり、その後、一人で坂に行って遊んでいたようです。

 

 
そんなこともあり、道を覚えていたのかもしれません。

 

同じ場所、『代々木町から春日町へ -直心の坂-』の宮内さんの投稿の中で、昭和38年頃自動車は、通ってなかったとありますが、私が近所のお兄ちゃん、お姉ちゃん達と一緒にそり遊びをさせてもらっていたのは、多分昭和45年以前の頃…で、その頃には自動車が時に通るようになり、坂でのそり遊びが中止になってきたかもしれません。

  

 

 (2023年1月25日 記)


 

思い出ばなし

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