明治

1911年(明治45年/大正元年) 明治

1911年(明治45年/大正元年)

3月 21日,大夕張尋常小学校2教室増築。6月 滝の沢の北方の渓頭に若葉坑開坑。7月  錦坑閉坑。滝の沢抗縮小し,若葉坑に主力を注ぐ。【大夕張炭山近況(北海タイムス8月6日)】従来の施設と将来の計画:松隈鉱長曰へ大夕張炭礦株式会社時代に於る同鉱の施設は一見頗るハイカラ風にして坑内外の経営は略ぼ完成し…
1911年(明治44年) 明治

1911年(明治44年)

4月 1日,大夕張特別教授場(この年児童数126)が公立大夕張尋常小学校となる。 5月 7日,大夕張尋常小校舎建築。12坪教室3室の校舎建築。旧校舎と併用。児童数226名4学級編成。 6月 1日,大夕張炭坑株式会社が清水沢-二股(南大夕張)間専用鉄道線完成。運転開始。二股駅(南大夕張駅)開業するが,…
1910年(明治43年) 明治

1910年(明治43年)

3月 坂本則美をはじめとして取締役退任。25日間程取締り役不在となる。 10月 専用鉄道,道床工事,葡萄山隧道,遠幌加別川橋梁工事が完成。清水沢-大夕張(南大夕張)間開通。同時に、人馬往来が可能な程度の小道ができた。…
1909年(明治42年) 明治

1909年(明治42年)

8月 28日,「大夕張炭坑株式会社」と社名を変える。 この頃,賃金支払いの手段として山札(金券)が発行され(一銭・五銭・五十銭・壱円の4種),坑夫は指定商から買い物をした。 当時の指定商「永原商店(魚介)」「 坂本呉服店」「中田呉服店」「沢本呉服店(酒,肉類も扱う)」「中村豆腐店」「高田甘泉堂(菓子…
1907年(明治40年) 明治

1907年(明治40年)

1月 請願巡査1名設置。3月 行政補助機関として、登川村村内23部のうち、第22部「大夕張」が加わる。6月 1日,大夕張炭礦事務所の建築工事を請け負っている土建業兼物品販売業川畠義雄、作業中の問題で会社より叱責され、請負停止。紛争を醸したが、巡査部長村瀬某、巡査多村謙次郎の仲裁で一応解決。 2日,飯…
1906年(明治39年) 明治

1906年(明治39年)

1月  18日,川崎繁美,通信省鉄道局に対し,清水沢~二股間専用鉄道敷設免許申請提出。 6月 坂本則美を社長とする京都合資会社が,炭礦を買収。炭砿事業を開始する。同時に専用鉄道敷設のための、馬鉄工事に着手。 8月 2日,清水沢-二股(現南部)間約8.9kmの専用鉄道敷設認可。 10月 1日,北海道炭…
1898年(明治31年) 明治

1898年(明治31年)

福山某(福山米吉説有り)が二股岸露頭の試掘権を得て開礦する。福山礦という。 (函渕、大夕張ダムができる前の二股(南部)のあたり)…
1888年(明治21年) 明治

1888年(明治21年)

夕張川川岸15尺の大露頭が発見される。(南大夕張 旧錦坑)しかし、地形峻険のため開発は進まず。 (函渕、大夕張ダムができる前の二股(南部)のあたり)  …