錦町

錦町界隈|久々湊真一 思い出ばなし

錦町界隈|久々湊真一

   「始めてのお買い物」というTV番組を見ていて、いつのまにか大夕張にタイムスリップしていた。    *** 自分の始めてのお買い物は、錦町入り口の購買会なのだろう(憶えていませんが)車も走っておらず家のすぐ前なので、スリルも何も無かったろうなぁー*** と。     錦町購買会は2階建ての大きな…
大夕張営林署 思い出の街角

大夕張営林署

  昭和40年代 錦町。 鹿島中学3年の頃、転校してきた子と仲良くなった。親が営林署勤めだった。 彼の官舎は、錦町の購買会の角から天理教会に向かう坂の中程にあった。 線路から山に向かって並ぶ住宅が段々に高くなっていく。 家の前でキャッチボールをしたことがあった。 どちかが山側で、一方が下になる。 下…
マラソン大会(錦町) 学び舎の思い出

マラソン大会(錦町)

昭和45年初秋 鹿島中学校のマラソン大会   鹿島中学の卒業アルバムからの一コマ。 今となってはマラソンコースがどこをどう走ったのか、栄町方面にまで走っていった? この写真は宝町の図書館から宝町生協、宝町浴場の横をとおり、錦町の方に出てきた地点。 記憶では、自分は折り返していたように思える。 コース…
本覚寺遷化 石碑 思い出の街角

本覚寺遷化 石碑

昭和38年 錦町 本覚寺境内。 写真の奥には、錦町の高台にあった天理教の教会が見えている。 錦町の中で本覚寺は坂の上に位置していたが、それよりも「こんなに高いところにあったんだ」というのが、正直な感想だ。   石碑には『 開基 本覚寺釋慈雲之碑 』と書かれている。 本覚寺の創立者浜出慈雲師の石碑の完…
本覚寺(真宗大谷派) 思い出の街角

本覚寺(真宗大谷派)

真宗大谷派寺院。樺太から引き上げた浜出正一が樺太からの寺院を移転し、昭和24年4月、錦町の山手の方に設置。 白黒写真に着色した画像   【沿 革】 所在地  夕張市鹿島錦町五番地 創立年月日  昭和24年4月 寺号公称  昭和36年3月 本 尊  阿弥陀如来 歴代住職名  浜出慈雲・中井慈照(旧三菱…
錦町から泉町 思い出の街角

錦町から泉町

 久々湊印刷あたりから、泉町の窪地の方に向かって撮った写真。下に久々湊さんが書いていたが、カラー化して奥の浄水場の辺りもよくわかり、神社への参道も見えていた。  高台の錦町の住宅からの崖は、当時よくみられた石炭の、灰捨て場になっている様子がみえる。  泉町から登ってくる坂道に人が立っているのが見える…
宝沢の築堤を行く列車 運んだ、石炭を人を

宝沢の築堤を行く列車

白黒写真に着色した画像 宝沢の築堤を大夕張駅に方面に向かって行く列車。築堤の斜面に、泉町(錦町)から鹿島小学校に向かう小道が見える。 Masaさまブログ「煙の記憶」管理人の『海も好き』でございます。 この写真を撮ってる立ち位置は錦町だったでしょうか?SLが走る築堤の向こう側が宝町だったでしょうか?何…
昭和47年 錦町 山手から 思い出の街角

昭和47年 錦町 山手から

錦 町 【菅井宏史】 錦町の山手の方から下に向かって撮影した写真です。 錦町の家並みとその左側の家の並びの下に、錦町の購買会の建物が見えます。その向こうに宝町の家並み、そして遠くに夕張岳が映っています。 営林署官舎   【飯田雅人】 青い空と雪に埋もれた炭住の風景がこれほどに美しかったのでしょうか。…
1939年(昭和14年) 昭和

1939年(昭和14年)

1月 1日,帝室林野局大夕張出張所発足。 4月 1日,大夕張鉄道旅客運賃改正 粁当賃率1銭5厘6毛。 20日,地方鉄道「三菱鉱業株式会社線」として一般運営業を開始。社線内旅客及び貨物の取扱を開始する。タブレット閉塞器設置。旅客賃率1銭5厘6毛。 大夕張~新清水沢間24銭。 石炭賃率18粁50銭。当時…