雪の降る夜の大夕張|高橋正朝 #71

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 H という男性に出遭ったのは、私がリビアから帰国してから、3〜4ヶ月した春のことである。 だから、38年前にさかのぼる。   

 私が所属していた会社が、私を、ある商社に出向させた。 その商社の本社に行って担当者に会ったのは、そのとき1度だけだった。 

  

 その後は、その商社が一部分賃借している、あるホテルの、主に、事務所として貸出している別館で、イラクのある、すでに完成していたプロジェクトの、図面上の検討が仕事だった。 その図面チェックは、私1人だけでやらされた。

    

 メンテナンスの仕事を、商社が、イラク側から受注できたなら、私が所属していた会社が、その仕事を請負う目論見だったようだ。

    

 私がそこで仕事をしてから、2週間ぐらい後に、私より5歳ぐらい年長の H 氏が、その部屋に加わった。

   

 まったく別な仕事で、直接所属していた会社も違う。 その部屋で仕事をしていたのは、3社で、人数は、私を含めて、8人だった。 女性は1人だけで、他は男性であった。

    

 共通項は、商社のある部が、それぞれの仕事の頭であったことだけだった。

    

 H 氏がきてからの初日、部屋で弁当をつっつきながら談笑したら、その H 氏、何と、大夕張の地名を知っていた。 

 夕張の地名は有名だが、大夕張という地名は、全国区ではない。 まったく知られていない地名だ。

    

 知っていたどころか、彼の姉が結婚し、ご主人とともに、当時、大夕張に住んでいたので、大学の冬休みを利用して遊びに行き、数週間、大夕張で過ごしたことがあったということだった。

    

 H 氏とそのお姉さんが、どこの出身だったか覚えていない。 山陽地方だったような気がするが、違っているかもしれない。 また、住んでいた大夕張での地名も言っていたが、これも、今となっては記憶が定かでない。

    

 H 氏が、大夕張に滞在したのは、今頃の時期から1月だったようで、2月になってからの本格的な大雪は経験しなかった。  

 H 氏、当時の大夕張の雪深さに驚いた。

 しかし、それよりも、夜間にシンシンと降る雪が幻想的だったのが印象深かったようだ。

 ロマンチックな感傷になり、静寂な夜の暗闇の空から降ってくる白いフワフワした雪を、飽きることなくそれを眺めていたそうだ。

   

 H 氏が、ホテルの別館の事務所にいたのは、3〜4日間ぐらいで、すぐに、商社の本社で働き始めた。 だから、顔を合わせていたのは短い。

    

 私がチェックしていた図面のプロジェクトの仕事は、イラク側の経済的事情で無期延期となった。

   

 結局、私が、その商社に出向していたのは、3ヶ月間ぐらいだった。

    

 その後、私はアルジェリアに行き、そこに3年間いた。

    

 更にその後、イラクに行き、バクダッドに赴いた。

  

 そのとき、私がイラクで加わったプロジェクトの頭の商社は、私が、東京で、ホテルの別館で図面のチェックしていたときの商社と同じである。 しかし、それは偶然だ。

    

 その商社のバクダッド支店に挨拶に行ったとき、上記の H 氏がそこで働いていた。

   

 私は、H 氏が、そこで働いていたのは知らなかったが、彼は、別ルートで、私がイラクに行くことは知っていたようである。 お互い忙しかったので、私がイラクにいた2年間で顔を合わせたのは、そのときが最初で最後だった。

   

 あとは、電話で数回話しただけだった。

    

 ある日、私に H 氏から電話がかかってきた。

 私の仕事に直接関係ないことで専門外でもある、防空壕の鉄筋コンクリートの比重を教えてくれ、という質問だった。

    

 調べて、後で回答する旨言ったのだが、H 氏は、だいたいでいいから、今返答してくれと、電話口での切羽詰まった催促だ。 

  

 専門外であっても、コンクリートは、建設業では基礎的な材料であるから、鉄筋コンクリートと無筋コンクリートの見かけの平均比重は知っていた。 しかし、防空壕なんて見たこともないし、本でも読んでいない。

    

 やむを得ず、咄嗟に、私は、4.5 と返答した。

    

 この数字、正解に近かったようである。

    

 後に、スイス国防基準に準拠した工事中の防空壕を見たことがあったが、コンクリートと鉄筋の断面積が、ちょうど半々ぐらいだった。

     

 H 氏が、何故に、防空壕の鉄筋コンクリートの比重を知りたかったのか、そのときも、その後も質問しなかった。 

  

 材料輸送のためだったのではなかろうか、と想像しているのだが ••••••。  

 


(筆者略歴)

 昭和23年11月に明石町生まれ。鹿島東小学校から鹿島中学校に進み、夕張工業高校の1年の3学期に札幌に一家で転住。以後、仕事の関係で海外で長く生活。現在は、タイ、バンコクで暮らす。   


2件のコメント

  • 「雪の音」で思い出したことがあります。
    雪の結晶も、ごくまれにですが「音」を聞かせてくれることがあります。
    結晶が目に見えるほど大きく育ったとき、手袋に掬い取って雪の上に落とすと、
    結晶同士がぶつかりあって、かすかに金属質の音を出すのです。
    聴感的には、銀貨が振動するときに発するような爽やかな音です。
    冷えた状態でやること、結晶同士がぶつかりあって崩れるような状態に置くこと
    等が注意点です。興味のある方はお試しください。
    なお、私がこれに気付いたのは1979年2月朝8時。札幌でのことでした。

  • 静かに雪が降り続く夜。
    「静かに」感じるのにも理由があるらしい。
    布団の中にくるまっていると、実は雪の音だけが感じられるようになる。
    窓に映ったふりしきる雪の影の向こうで、松の枝についた雪が「パサ」と音をたて、重さに堪えられなくなった雪が、「ポソ」とどこからか落ちる。
    今も聞こえているかもしれないが、感じていた子どもの自分はもういない。

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