小説・創作

雪明りの街 | 夕輝文敏 夕輝文敏

雪明りの街 | 夕輝文敏

     正雄は、その夜いつになく酔っていた。首切り部長としての葛藤が、酒の量を増やしてしまった。    以前は同僚たちと良く飲みに来たが、今の職責についてからは、一人で飲みに来ることが多くなっていた。    年の瀬のススキノは、人で混み合っていた。正雄はタクシーを拾うのを諦め、少し酔いを覚まそうと…
駅ホーム 大夕張色の情景

駅ホーム

秋の一日は短い まだ明け切らぬ出発の時 あるいは日暮れて帰る時間 石炭列車にのって 一日がはじまり そしておわる 暗闇の中から  明るいオレンジ色の光が 力強い蒸気の音とともに 現れほっとする こんな光景が見られたのかもしれない。  …
湖畔上空 (大夕張色の情景) 大夕張色の情景

湖畔上空 (大夕張色の情景)

ジオラマ製作というのもおこがましいが、故郷『大夕張の情景』に思いを馳せながら作った。 20年程前に作成して『ふるさと大夕張』に掲載したもの。今みてもいろいろ粗が目立つが委細構わずそのまま掲載していく。   シューパロ湖畔を併走する汽車とバスのイメージだった。 素材は、トミックスの9600にセキ車。道…
夕輝文敏さんのこと |飯田雅人 夕輝文敏

夕輝文敏さんのこと |飯田雅人

 『ふるさと大夕張』の掲示板で、当時「大夕張文壇の至宝」とまで言われ、読む人を楽しませてくれていた夕輝文敏さん。    初投稿以来数多くの作品で、故郷をとおして、忘れていた気持ちを思いだし、心をあたたかくさせてくれた。  2021年8月21日に掲載された、『迎え人』が最新作。    久しぶりの新作、…
迎え人(びと)|夕輝文敏 夕輝文敏

迎え人(びと)|夕輝文敏

)  五月晴れのある日、洗車をしていると、女の子が近づいてきて、   「お父さん、ドライブに連れて行って」    と少し大きな声でいった。    周りを見渡すと洗車場には私しかいなかった。    女の子は私の前で立ち止まると、にっこりと笑った。    しばらく私はその子を凝視した。    間違いない…
路面電車に揺られて|夕輝文敏 夕輝文敏

路面電車に揺られて|夕輝文敏

   路面電車に、少し疲れた心を乗せると、路面電車は、優しく包み込んでくれるかもしれない。年の瀬も迫ったクリスマスの夜、私はそんな路面電車に出会った。    その夜、私は一人ぽつりとグラスを傾け、店の窓から路面電車を眺めていた。    電車の車窓の向こうには、昨夜の食卓テーブルが見えてくる。クリスマ…
タイムカプセル |夕輝文敏 夕輝文敏

タイムカプセル |夕輝文敏

 西暦2050年、夕張岳の麓に新しい街ができはじめた。    90年も前に、かつて炭鉱で栄えたように、再び原野に街ができた。  街の名は、大夕張と呼ばれていた。      2000年代前半、未曾有宇の原油高騰と地球環境問題が切迫する中、代替エネルギーとして、石炭が注目された。政府が夕張で試験的に進め…
希 望|夕輝文敏 夕輝文敏

希 望|夕輝文敏

 十一月の冷たい雨が、歩道に散った落ち葉を濡らしていた。人通りの絶えた日曜日の夜、雨音だけが、シャッターを閉めた商店街を駆け抜けて行く。   眠りにつこうとしている通りの中、一軒の寿司屋には、まだ明りがついていた。  だが、暖簾は外されていた。   丸万寿しの大将、山越信明は、最後にもう一度と、長年…
バス停 |夕輝文敏 夕輝文敏

バス停 |夕輝文敏

 そこには、寝息を立てて横たわっている七二歳の父がいた。  ここが病院のベッドでなければ、まるで安らかに睡眠をとっているかのようであった。  屈強な体で、かつて石炭を掘り続けていた父が、今は病院のベッドの上で生死の境を彷徨っていた。      今朝方、父はスキー場の倉庫で意識不明の状態で発見された。…
赤いポスト|夕輝文敏 夕輝文敏

赤いポスト|夕輝文敏

 小学校の入学祝に何が欲しいかと聞くと   「おじいちゃんが郵便局長をやっていた大夕張へ行ってみたい。ねえ、いいでしょう」 と泰樹は言い出した。    泰樹が物心ついた頃は、幸一の父、杉沢忠勝は、すでにこの世の人ではなかった。  だが、幸一はまるで忠勝が生きているかのように   「おまえの、北海道の…
海岸列車の女(ひと)|夕輝文敏 夕輝文敏

海岸列車の女(ひと)|夕輝文敏

 あの頃の僕は、心の内に先の見えないトンネルを抱えていた。暗闇の中で出口を求めていたが、まだ光を見出すことはできなかった。そんなときに、僕はあの女に出会った。  札幌発小樽行きの海岸列車に、あの女は、ほしみ駅から乗車した。夏休みに入り学生たちの姿も消え空席が目立つ中、あの女は優先席に静かに座った。ま…
約 束|夕輝文敏 夕輝文敏

約 束|夕輝文敏

「いいか、今年のクリスマスは特別なんだ。明日の夜八時教室に集合だ。わかったな」  初の言葉に、正春も武も大きく頷いた。  年が明けて三月になると、三人の小学校は閉校となってしまう。  全校生徒十二名中五年生は初たち三名であった。  初たちが生まれる前に、この街を支えていた炭鉱が閉山となってしまった。…
イリュージョン /大晦日の奇跡|夕輝文敏 夕輝文敏

イリュージョン /大晦日の奇跡|夕輝文敏

(目次) 路地裏目覚めサイレンの音父の背中年越しの夜葉 書 路地裏  隆一はその夜いつになく酔っていた。  同僚と別れた後、すぐにタクシーを拾おうとしたが、どれも満車であった。年の瀬のススキノは、人で混み合っていた。  隆一は仕方がなく、冷たい風に当たりながら、酔いを覚まそうと歩き出した。  しばら…
イタヤカエデの木の下で|夕輝文敏 夕輝文敏

イタヤカエデの木の下で|夕輝文敏

(目次)  夢 出会い 再会 暑い日 交流会 メール お別れ会 病 一枚の絵 小さな命 イタヤカエデの木の下で   夢  ヒロは、校庭の端にあるブランコに乗っていた。  校庭の遥か彼方には、夕張岳がくっきりと映えていた。隣のブランコには、一七歳で病死した三浦由希が乗っていた。  二人の前を心地よい初…