夢の街

かつて石炭で繁栄した街の昔と今の記憶をもとめ、追いかけた記録。

縮んだ町  写真

縮んだ町 

平成9年(1997年夏)   大夕張にダムが建設されると聞いた 鹿島小学校も閉校になると知らされた いてもたってもいられず 大夕張に行った   神社のあった丘から見た町は 山々の緑の中で あまりに小さく縮んでいた   1997年 夏 大夕張  …
米沢先生訃報に接して|小林光志  思い出ばなし

米沢先生訃報に接して|小林光志 

 昭和27年鹿島小学校入学で、小学校3年生頃、担任ではありませんでしたが、一緒に遊んでくれた思い出があります。   米沢先生のクラスに、友人がいましたので良く遊びました。   深夜、米沢先生が宿直の時、鹿島小学校でお化け遊びと称して、何人かの友人たちと学校内を探検しました。  ある日、先生が私たちを…
夕張北高との偶然の出合い|菅井宏史 思い出ばなし

夕張北高との偶然の出合い|菅井宏史

 高校3年の修学旅行時(何度か書きましたが、私は小学4年の時に大夕張を離れましたので、当然夕張の高校ではありませんが)、函館→青森の青函連絡船内で、同じく修学旅行中の夕張北高の一行と、偶然にも一緒になったのでした。   その時の状況を詳しくは思い出せませんが、「夕張」ということで、多分私がその中に知…
北海道弁••••••もちょこい、もちょこす | 高橋正朝 #63 続・大夕張つれづれ

北海道弁••••••もちょこい、もちょこす | 高橋正朝 #63

 東京にきてから、この〘 もちょこい 〙〘 もちょこす 〙は、比較的早く忘れた北海道弁である。       この〘 もちょこい 〙〘 もちょこす 〙は、くすぐったり、くすぐられたりしたときに発する言葉なのは、皆さんご存知のとおり。  ま、たいてい、相手とふざけ合って、くすぐったりくすぐられたりしたと…
ひたむきに・生きた・君 | 斎藤敏幸 思い出ばなし

ひたむきに・生きた・君 | 斎藤敏幸

 私が、栄町アパート( 栄町2丁目14番地の8)に住んでいた頃、二つ向こうの棟のアパートに「佐藤ひでみ(秀美)」君という同級生が住んでいました。   彼は、何事にも真面目で、ひたむきさを持った少年でした。   家が近所のこともあり、互いの家に遊びに行ったこともありました。    彼との思い出で、いつ…
学のあるはなし(その2)|丸山直記 思い出ばなし

学のあるはなし(その2)|丸山直記

  わたしが好きな音楽での思い出をひとつ。   前にも書きましたが、私は音楽が好きでしたが、生の交響楽団を聴くチャンスは、大夕張ではありませんでした。  しかし中学校の時に、札幌交響楽団が、鹿島中学校の体育館で演奏会を行いました。   音だけは知っていたが、見たことも無い楽器を大勢の音楽家が目の前で…
私の故郷 | ゆかり ジャーモン 随想

私の故郷 | ゆかり ジャーモン

 私は今アメリカのテキサス州ダラス市の会社からこの手紙を書いてます。   私の旧姓は藤井ゆかりです。私は昭和36年に夕張市で生まれました。   私が物心ついた頃は、夕張市花園町(その後、遠幌町に変わったかもしれない)に住んでいました。  私の叔母や叔父や祖父母は大夕張に住んでいて、そのうちの猪野泰次…
袋田滝|久々湊真一 随想

袋田滝|久々湊真一

 紅葉の季節ですね。  内地に比べると、大夕張の紅葉は鮮やかさが違います。ただ、期間が非常に短いのでタイミングが悪いと、見損なう恐れもある。  内地に住んでの感想は以前書きましたので割愛しますが、印象的な事柄として、車があります。  交通量の多さには、勿論驚きましたが、車の色の違いに感慨深かったので…
・・・(無題) |弥生町 訪問記

・・・(無題) |弥生町

 本日、2013年6月20日。  若菜を右に、夕鉄のバスの建物を懐かしく想いながら、ひたすら清水沢へ。  途中、平和の炭坑の面影を背負い、清水沢の駅舎をのぞき、嘗ての 学ラン姿、セイラー姿の往来を感じながら、あそこに、カツオ出汁の30円ラーメンがあり、道を挟んでお焼き屋のお店があり、駅前食堂があり・…