資料室

三菱大夕張礦業所 山神社/シウーパロ川の清流 絵葉書

三菱大夕張礦業所 山神社/シウーパロ川の清流

昭和15年(1940年)頃、三菱大夕張礦業所発行の絵葉書に、着色してカラー化した。   【山神社】  神社の拝殿中央に賽銭箱が設けられ、参拝用のロープ(鈴の緒「すずのお」というのだそう)の先に、大きな鈴が取り付けられている。  このころはどうかわからないが、昭和40年代たぶん一年を通してついていたよ…
三菱大夕張礦業所 会社指定理髪部/大運動会 絵葉書

三菱大夕張礦業所 会社指定理髪部/大運動会

昭和15年(1940年)頃、三菱大夕張礦業所発行の絵葉書に、着色してカラー化。   『大運動会』  礦業所主催の運動会。富士見ヶ丘グラウンドにて、リレーの競技中の写真。  小学校校舎の2階のあたりから撮影したのだろう。グラウンドの線路側にはテントが建ち並ぶ。  それにしても周囲の応援する人達の数がも…
三菱鑛業株式会社大夕張礦業所 絵葉書ケース 絵葉書

三菱鑛業株式会社大夕張礦業所 絵葉書ケース

このケースに収められた8枚組の絵葉書は、函館中央図書館のデジタル資料でもみることができる。 申請書を送ると、データを送ってもらうこともできる。 このような公開のかたちはとてもありがたい。   順次、着色しながら掲載して行こうと思う。   絵葉書では、昭和15年頃の貴重な大夕張の姿をみることができる。…
住宅地其の一(夕張岳山麓ノ見晴シ) 絵葉書

住宅地其の一(夕張岳山麓ノ見晴シ)

戦前に数多く発行された絵葉書の一枚。 昭和5年頃。草創期の大夕張。 中心に大夕張駅(昭和4年に北部駅から大夕張駅に改称)と周辺の住宅地の写真。 駅にはホームの様子もわかる。   栄町には鉱員用の炭砿住宅が建並ぶが、手前の富士見町のあたりは下草が生い茂り未だ荒れ地である。    手前右手写っていないが…
名所案内(シューパロ湖駅) 交通関係

名所案内(シューパロ湖駅)

大夕張鉄道 シューパロ湖駅ホームに立っていた看板。  ※シューパロ湖駅(昭和37年(1962年)開業 ~ 昭和44年(1969年)廃止) 大夕張ダム(二股ダム)完成により、昭和37年シューパロ湖とその周辺が「富良野芦別道立自然公園」の指定を受けた。 2000年頃、夕張市石炭博物館にて…
蒸気機関車『No_4』 銘板 交通関係

蒸気機関車『No_4』 銘板

夕張市石炭博物館にて余生を送っていた『No.4』 2003年頃SL館にて撮影。   形式 9600 昭和16年 日立製作所製造   山史によると、 『地方鉄道改組に備え、昭和12年8月12日、新製蒸気機関車9603号入線、更に、同年10月半鋼製2軸ボギー客車ナハ1号入線、客貨輸送に一新紀元を画せり。…
昭和48年頃 大夕張の映像 映像

昭和48年頃 大夕張の映像

1997年から1998年にかけて「ダムに沈むまち大夕張」としての報道が各機関で取り上げられました。 その中に、昔の大夕張を紹介する映像がたびたび流されました。 ここの映像は、その中でも1997年7月6日(日曜日)に放送された『新・北海道中ひざくりげ』の「故郷を心に刻む旅」の中で流れたものです。 二木…
鉄道廃線記念乗車券 昭和62年(1987年) 交通関係

鉄道廃線記念乗車券 昭和62年(1987年)

昭和62年(1987) 三菱石炭鉱業株式会社鉄道 発行 鉄道廃線記念乗車券 封筒表 南大夕張ゆき・清水沢ゆき デザイン四種 鉄道廃線さよなら列車記念 1911~1987 76年間 乗車券  乗車券 裏面(文面は四枚共通) 記念乗車券裏面 文面 ごあいさつ 三菱石炭鉱業鉄道は明治44年(1911)専用…
夕張市鳥瞰図(1950年)その2 地図

夕張市鳥瞰図(1950年)その2

吉田初三郎の『夕張市俯瞰図』(1950年夕張市発行)、前回の俯瞰図に続いてその他の部分についての紹介。   表表紙と裏表紙の中折に、『俯瞰図』が折りたたまれ、表表紙と裏表紙の裏は、次の様な地図と写真が印刷されている。   『北炭清水沢発電所』と、『夕張川の渓流』、『鹿島より夕張岳』の3枚の写真があり…
シューパロ湖畔の若者たち 映像

シューパロ湖畔の若者たち

昭和40年「石炭の街ゆうばり」(STV制作)の中の本編での大夕張部分。 大夕張は、観光地シューパロ湖が登場し、その部分をノーカットで。 音声はナレーションを省き、BGMに編集してあります。 ナレーションの部分のセリフは、次の通りです。 『雄大な夕張岳を水面に映して広がるシューパロ湖 』 『シューパロ…
いつの頃かの 大夕張電話帳 陳列棚

いつの頃かの 大夕張電話帳

昭和43年頃、かつてうちの家に電話があった。 電話がある社宅に引っ越したのは、父が炭砿病院の薬局の責任者になった頃だ。   ダイヤルではなく200番台の3桁の内線番号だけがまんなかに大きな判子で押されていた、黒電話。   当時、この電話はテレビ等で見る『ふつうの電話』でなく『会社の電話』ときかされて…