随想

いまでも今日のことのように思い出せる。あの日、あの時の出来事。 今日につながる昔のこと・・・。

《思えば遠くへ来たもんだ》|  ziny 思い出貼

《思えば遠くへ来たもんだ》|  ziny

 私の大夕張から旅立ちの光景。  今から42年前の3月、大夕張を朝7時過ぎでしたか、大夕張駅前のバス停で、バスケの仲間からケネディ大統領の文庫本を渡され、送られた記憶。  地面は雪でガリガリ。  札幌まで、今は亡き親父が送ってくれました。   バスの中で、小川知子の「初恋の人」が流れていたのが、今も…
夜空を見上げて |石原賢治 随想

夜空を見上げて |石原賢治

 私の住む所は、最近晴天続きで、晴れ晴れしております。  夕方の帰宅の頃、空を見ますと、大きな月が出ておりました。  満月のようですが、ちょっと欠けてるのかな? という感じで、カレンダーを見ると、確かに旧暦の15日でした。  そういえば、最近夜空を見ても、月明かりはあっても、星を見る機会がないなと思…
父の事故 |内川准一 随想

父の事故 |内川准一

 昭和35年の夏のこと、採炭夫の父は2度目の事故にあった。  大夕張の夏祭りの夜のことだった。   代々木町のアパートの間に架けられた巨大スクリーンで、屋外映画を見ていた私と妹は、会場内放送で呼び出された。   何故呼ばれたのかは、炭鉱の子供にはわかる。    詰所の人が、 「お父さんが(発破)事故…
母の大夕張への思い|二木 晃 随想

母の大夕張への思い|二木 晃

 私の母は、当時、炭砿病院の隣にあった「家政塾」の和裁と料理の先生をしていました。  平成十二年に、名古屋のわが家で亡くなりましたが、時折、大夕張の生活を懐かしみ、短歌に記しておったようです。  先日、遺品を整理していたところ、大夕張への思いをつづった短歌数編が出てきましたので、拙いものですが、供養…
MY HOME TOWN | J 随想

MY HOME TOWN | J

 最近、時折聴く曲に、福山雅治さんの「18(エイティーン)」があります。  「MY HOME TOWN」の曲を、いつか歌いたいと思っていながら、若い時期のこれまでは歌えなかった曲とのことです。   聴くたびに、若いときの思い出と、ほろ苦さと、ふるさと大夕張が、思い出されます。    宣伝ではありませ…
大夕張を訪ねて|森雄司 随想

大夕張を訪ねて|森雄司

 三重県生まれで、三重県育ちの僕が、大夕張を訪ねたのは、9月中旬で偶然の出来事でした。  僕と妻は、「幸せの黄色いハンカチ」のファンで、そのロケ地を訪ねた後、富良野に向かい国道452号線を走っていました。  除雪車のような機関車が置いてある所を少し走ると、人気の無い町があり、カーナビはそこが鹿島であ…
八百五十の歌詞など | 早坂治敏 随想

八百五十の歌詞など | 早坂治敏

 前回の投稿から6ヶ月ぶりに投稿します。  この間、転勤やらで、ご無沙汰しました。   現在は富山に在住です。    転勤してから、立山連峰の山々に登っております。   浄土山、雄山、大汝山、真砂岳、別山、剣岳等々です。   夕張岳には昭和37年に登っています。    同じく八百五十にも昭和37年の…
タイムカプセル | 石原賢治 随想

タイムカプセル | 石原賢治

 最近テレビ番組で、10年前ですとか、もっと昔の子供の頃、学校でタイムカプセルを埋めてそれを再び掘り出す様子を見ます。  大人になったらこうなりたいとか、当時の絵だとか、作文なんかが入っていて、見ているほうがほほえましくなったり、目がウルウルになったりします。   私の記憶違いかもしれませんが、鹿島…
At Seventeen|宇良田彰 随想

At Seventeen|宇良田彰

 大夕張出身の団塊の世代の皆さん!  お元気ですか?  世の中不景気ですが頑張ってください。暗い話題が多い今日この頃ですが、多感な頃を大夕張で過ごした同郷の仲間には頑張ってほしいと思う今日この頃です。     17才の頃、大夕張の地でそれぞれの青春を過ごした仲間にジャニス・イアンの「At Seven…
鹿島小学校39期卒業生(菊組)|小林俊治 随想

鹿島小学校39期卒業生(菊組)|小林俊治

 私は、鹿島小39期生です。昭和42年卒業です。  当時、春日町45番地にいました。(詰所のそば)   担任は、久々湊先生でした。   私事で恐縮ですが、わんぱくであったため、よくゲンコツされました。  父親のようなどっしりとした存在感のある先生でした。    冬の昼休み、教室の窓から、外に積もった…