随想

いまでも今日のことのように思い出せる。あの日、あの時の出来事。 今日につながる昔のこと・・・。

「ぶどう」と「りんご」の木 | 石崎佳美 随想

「ぶどう」と「りんご」の木 | 石崎佳美

     大夕張から引っ越して、札幌の家にトラックで運ばれて来た樹木の中に 「ぶどう🍇の木」 がありました。 実がなるといつも父が食べていました。  茶色(赤だったかも?)と緑色の実です。  一度私も食べましたが、とてもすっぱかったので二度と食べなくなりました。     思えば、代々木町の家の前に背…
私の家に運ばれた大夕張の石たち | 石崎佳美 随想

私の家に運ばれた大夕張の石たち | 石崎佳美

   先日の「大夕張の石」という投稿がありましたが、私の家も、札幌へ引っ越しをして来て、家の庭に幾つか、大夕張の川の「石」だったと思われる「石」たちがありました。   庭の真ん中に、背の高い石。  その周りに大きな石が、丸く囲むように並べてありました。   大きな石を大夕張から…。   引っ越しの荷…
「約束」と私のカエデの原風景 |小野美音子 随想

「約束」と私のカエデの原風景 |小野美音子

 北海道はしんとした静かな雪景色のようですね。   雪の少ない地にいる私には、懐かしい風景です。    緑ヶ丘の私の家は、左手に教会への坂、鹿島小の旧体育館。  右手は泉町や宝の沢、対岸には岳富町付近を通る汽車や、錦町の炭住が見渡せ、大夕張としては素晴らしい眺望に恵まれていました。   ただ、家が崖…
雪景色 |久々湊眞一 随想

雪景色 |久々湊眞一

 北海道は大雪のようです。    雪かき(やらなくなったので忘れそう)で、大変でしょう。そういう情景を思い浮かべていたら、あることを思い出しました。   写真兼遊びで各地を撮影旅行しましたが、時々ハプニングがあります。  数年前、冬の山形での出来事を紹介します。    大夕張の風景を思い出しながら、…
運動会の思い出|石崎佳美 随想

運動会の思い出|石崎佳美

  鹿島小学校運動会賞状(昭和47年6月4日)   運動会は、走るのが遅かったです。  活発な子だったのに。 人を追い抜く力がないようでした。 何故か障害物は、ずーっと得意だったのです。ハシゴ、網をくぐり抜けるなどは。 息子の運動会の時、借り物競走で息子の真ん前、目の届く所で待機していた私。  いざ…
ある郵便局員の回想 随想

ある郵便局員の回想

  郵便配達 突然の異動だった 悪いことに、異動の前後は その配達地域が割り当てではなかった。   40年ちかくになるだろうか。 久しぶりの訪問だった。   あの家は、たしか自分の隅では 小学4・5年くらいの男の子が二人?・・・ 小さな女の子が一人?・・・   家を支えていたのは婦人で、その家の大き…
化石の街|市橋 勝 随想

化石の街|市橋 勝

ふるさとの街はもうどこにもない   僕が帰れる街はもうどこにもない    優しく出迎えてくれる場所はもうどこにもない    いつか水の底に沈むという小さなふるさと   あの日の小さな想い出と一緒に深く静かに横たわる   いつまでも忘れないでおくれたとえ名も無き花だとしても   いつまでも忘れないでお…
三輪車 | 石崎佳美 随想

三輪車 | 石崎佳美

     大夕張の3才くらいの思い出です。   「三輪車」   ネズミ色(わかるでしょうか…灰色です。)だったかな?  近所の遊び友達。  斉藤みつあき君が三輪車を、持っていました。  私は、欲しいと言ったのか…。  三輪車を買ってもらいました。  何も絵の書いていない三輪車です。   前に小さいベ…
最後の大晦日|斎藤敏幸 随想

最後の大晦日|斎藤敏幸

   大夕張で過ごした最後の大晦日を振り返ってみました。     正確には、大晦日の前日の事なのですが。       1972年(昭和47年)12月30日。      この日、夕張東高第8期生(同年3月卒業)の同期会を、確か千歳町の婦人会館で開催しました。      もう記憶は定かではありませんが、…
寒くなると、聴こえる | タカママ 随想

寒くなると、聴こえる | タカママ

   夕飯の支度をしながらラジオを聴いていると、懐かしい言葉が・・・。  「石狩・空知・後志地方の天気は・・・。」 「道道○○号線は、雪で通行止め・・・。」   我が家の古いアナログラジオは、この時期北海道の電波をキャッチしてくれます。   思わず手を止めて聞き入ってしまいます。    遥か遠くの雪…
母と大夕張 |あずき 随想

母と大夕張 |あずき

 私の母は親が営林署勤務であったこともあり、小学校時代は道内あちこちを転々としていました。  母は昭和42年ごろ、1年間だけ大夕張に住んでいたそうです。   錦町に営林署があったはずです。      母はその裏手の線路端にある職員住宅に住んでいたそうです。    そのころはまだ大夕張にも1万人以上の…
千年町の思い出 | 菅井宏史 随想

千年町の思い出 | 菅井宏史

    私にとって千年町は長らく住んでいた富士見町に次いで思い出深い町です。     といいますのも、実はわずか数カ月の短い間でしたが、何を隠そう千年町の住人であったからです。千年町界隈をよく自転車で走り回ったものです。(ああ、なんて懐かしい写真!)    『散歩道』の千年町住宅地図でパチンコ店と消…
1964 東京オリンピック | ziny 随想

1964 東京オリンピック | ziny

昨日、今日と台風18号はすごい雨と風の勢いでした。  昭和37年の夏の記憶ですが大夕張にも台風が来襲し、シューパロ川の磯次郎のあたりには、吹き飛ばされた木が、ざぶ、ざぶと流れてきたのを思い出しました。  我が家の鶏小屋の屋根も吹き飛ばされました。  東北、北海道の皆さま・・お気をつけ下さい。   2…
3色トリノ | ヤス 随想

3色トリノ | ヤス

街を買い物していたら かなり懐かしいオヤツに再会しましたよ。   自分が中学時代 鹿島 宝町に住んでいた頃   確か昭和53年位〜千年町町にあった、所商店でしたか、よく駄菓子やアイスキャンディーを買いに行きました。     少しお小遣いに余裕があれば、同級生の清水君の実家、志村菓子舗?でしたか、和菓…