炭鉱とともに

C1101 思い出貼

C1101

大夕張炭山にて  NHKのテレビドラマ『すずらん』や、東映映画『鉄道員(ぽっぽや)』が公開され、話題になった頃、標茶町に展示保存されていた旧国鉄のC11が北海道の大地を走りました。  以前、留萌駅-増毛駅間を走ったSL『すずらん号』や、釧路駅-標津駅間のSL『湿原号』に乗車しましたが、サイズ的にも、…
北夕炭砿 炭鉱とともに

北夕炭砿

三菱大夕張鉄道『遠幌~南大夕張間の沿線にあった炭鉱』の一つです。 『ふるさと大夕張』には、奥山さんの解説を掲載していましたので、それを再度転載します。   北夕炭鉱 【奥山道紀 】(2002年11月20日)  清水沢から列車で大夕張炭山へ向い遠幌を過ぎた辺りに、二つの石炭積込みポ…
選炭場 炭鉱とともに

選炭場

昭和40年代と思われる。三菱大夕張炭礦選炭場。 石炭の積込みには、ベルトコンベアについている秤で、炭の量が分かり、1台に積む石炭の量は、常に同じしくみになっていたという。   大夕張炭山 選炭場 『大夕張炭労 解散記念誌(s47)所収』…
採炭小泉組  炭鉱とともに

採炭小泉組 

白黒写真に着色した画像   採炭小泉組 【斎藤敏幸】(2021年5月8日)   昭和30年代前半   当時採炭作業は、組ごとに、組織がありました。 採炭組には、それぞれ熟練に応じ、大先山、先山、後山とありました。 父は先山で石炭を掘っていました。   何かの折に、坑道から出てきたタイミングで   撮…
大夕張礦業所 事務所 炭鉱とともに

大夕張礦業所 事務所

 昭和30年代、ゲートを通って中にはいったところで、正面に事務所が見える。  子どもの時、一度、ゲートをくぐってこの広い庭のある場所に来たという、遠い記憶がある。  なぜ、子どもがここに来たのか、遊んでいるうちに、大人の目をかいくぐって入り込んだのか、大人と一緒に連れられてきたのか、誰と来たのか? …
大夕張炭砿労働組合 事務所 炭鉱とともに

大夕張炭砿労働組合 事務所

 昭和20年11月の発足以来、大夕張での労働運動の指導的役割をはたしたセンター的な建物。  昭和43年ころの写真と思われ、壁には、当時の情勢を反映したスローガンが外壁に張り出されている。    全組合員、家族と地域住民の生活安定のため、「いのちを守る国有化斗争」を長期頑強なストライキでたたかいぬこう…
選炭場の選炭婦たち 炭鉱とともに

選炭場の選炭婦たち

 夕張のどの炭鉱も選炭場には、大勢の選炭婦と呼ばれる女性がいた。  大夕張炭砿にも選炭婦と呼ばれる女性たちがいた。  バンドと呼ばれるキャタビラー状の機械にのって流れてくる石炭を、炭塊の大小、岩塊の別などを素早く選別し、選り分けていた。  とかく男の荒々しい炭鉱の職場の中でも、ここは、晴れやかな活況…
炭労東京へ 炭鉱とともに

炭労東京へ

 昭和41年、日本炭鉱労働組合(炭労)が行っていた石炭政策転換闘争。  東京で行われた抗議集会に全国から多くの炭砿労働者が集まった。大夕張炭鉱労働組合として参加した、東京での記念写真。 白黒写真に着色した画像 炭労抗議集会へ参加の際 集合写真 (東京 日比谷公園) 父の写真 【成田利夫】 確か昭和4…
ヤマの男たち 炭鉱とともに

ヤマの男たち

昭和30年代前半 白黒写真に着色した画像    岳富町の辺りを炭労の旗を先頭に千年町方向に進んでいます。  賃金闘争。大夕張炭鉱労働組合の赤い旗を先頭に、『1方80円要求貫徹』の要求を掲げています。  背景には、左手から鹿島小学校の旧校舎や、泉町の住宅、消防から、緑町の住宅まで。  後ろには、昭和3…