回想・随筆

日々生活の中で、ふと、あの日、あの頃を思い出す。ふと書き留めてみた過去の出来事、思い。

七万屯突破記念 昭和41年3月 | ziny 思い出ばなし

七万屯突破記念 昭和41年3月 | ziny

     我が家の親の部屋に大夕張鉱業所の記念の皿が飾ってあります。    直径26cmの白地の皿に、紅梅の一枝に咲く数輪の花と蕾と、うぐいすが描かれ、皿の中央寄り縦に右から【 心を一つにして 社長 大槻文平 】と記されております。   裏面には【 七万屯突破記念 昭和41年3月 三菱大夕張鉱業所 …
母と大夕張 |あずき 随想

母と大夕張 |あずき

 私の母は親が営林署勤務であったこともあり、小学校時代は道内あちこちを転々としていました。  母は昭和42年ごろ、1年間だけ大夕張に住んでいたそうです。   錦町に営林署があったはずです。      母はその裏手の線路端にある職員住宅に住んでいたそうです。    そのころはまだ大夕張にも1万人以上の…
名前を知らない草木の実2種類|高橋正朝 #120 続・大夕張つれづれ

名前を知らない草木の実2種類|高橋正朝 #120

私が、鹿島東小学校時代に食した、名前を知らない草木の実が2種類あった。 その2種類とも、中学生になってからは食べていない。      理由は、小学生時代のように、下校時に、道草を食って野山を歩かなくなったのと、学校が休みのときも、野原やシューパロ川の岸辺や沢などを徘徊しなくなったからである。    …
ウサギのぴょん吉|石原賢治 思い出ばなし

ウサギのぴょん吉|石原賢治

 鹿島小学校2年、3年の頃の話で近所のTさん宅で、ウサギを飼っていました。   そこのお兄さんによく遊んでもらってまして、ウサギが子を産んだと聞き、見に行きました。    ウサギは非常に感受性が強いのか、人に子を見られると食い殺すとかで、網には布で目隠しされて外から見えないようになってました。   …
スモモ|高橋正朝 #119 続・大夕張つれづれ

スモモ|高橋正朝 #119

 我々の年代では、プラムのことをスモモと呼んでいた。    プラムというちょっと気取った呼称は、東京にでてから、八百屋やスーパーの売場の品書きで知った。  北海道の今は、スモモのことをどう呼んでいるのだろうか。 若い世代はプラムと言い、我々の年代を含んだ老人は、相変わらずスモモと呼んでいるような気が…
大根の花 |ziny 思い出ばなし

大根の花 |ziny

  11月の今頃はもう、鹿島の地も白くなっては、消え、また白くなっては消え、地面はゴム長靴の時期でしょうね。   あの頃の夏には、代々木町2丁目の我が家の前庭にはとうきびが結構大きくおがってました。  おばけとうきびといった実の不揃いのも、まま、ありましたが、甘くて美味しい味の思い出です。   トマ…
お正月のお餅つきと繭玉づくり|石崎佳美 思い出ばなし

お正月のお餅つきと繭玉づくり|石崎佳美

     代々木町の家の玄関の土間で、(土間の床は土だった…)父のお友達が来て、臼と杵でお餅つき。    お菓子か何かの入れ物に、ビニールを引き、上に片栗粉を。    そして、つきたての熱い、熱いお餅を入れ、冷まして切り餅にしてました。      お正月のお供えも手作りです。        お正月に…
グミとグズベリ| 高橋正朝  #118 続・大夕張つれづれ

グミとグズベリ| 高橋正朝 #118

グミ(左)グズベリ(右)      私が、鹿島東小学校の4年生の6月下旬の頃、下校途中、私と他の遊び仲間2人でもって道草を食った。  その場所は、竜田沢と旭沢の中間ぐらいの、鉄道の山側の野原だった。  目的は何もない。      遊び仲間は、全員、明石町に住んでいたが、私は番外地に住んでいて、2人は…
錦町界隈|久々湊真一 思い出ばなし

錦町界隈|久々湊真一

   「始めてのお買い物」というTV番組を見ていて、いつのまにか大夕張にタイムスリップしていた。    *** 自分の始めてのお買い物は、錦町入り口の購買会なのだろう(憶えていませんが)車も走っておらず家のすぐ前なので、スリルも何も無かったろうなぁー*** と。     錦町購買会は2階建ての大きな…
むかし話 スキー場 山小屋風食堂 | 泊川俊徳 思い出ばなし

むかし話 スキー場 山小屋風食堂 | 泊川俊徳

    昭和38年以前、大夕張のスキー場に、 リフトロープ上がり付近に、スキーの季節だけラーメンやうどんを食べられる山小屋風の食堂が有りました。    冬、これと言う娯楽のない大夕張。  冬はスキーくらいしかなく、朝から夕方まで滑り、昼はこの食堂で、あたたかいラーメン、うどんでした。  まだ、かけラ…
夏のシューパロ川遊び |石崎佳美 思い出ばなし

夏のシューパロ川遊び |石崎佳美

  河原に寝そべると、 川の水の冷たい流れが、頭、肩、背中と流れていて  今でいうマッサージのようでした。  ラジオ?川辺で聞いていたのかは不明ですが ……曲が流れていて。         私は上を全部脱いでしまいました。 それを見て、すぐ一緒にいた年上のお姉さんが、気づいて教えてくれました。  女…
キイチゴ、バライチゴ、ヘビイチゴ、コガネイチゴ、ラズベリー | 高橋正朝 #117 続・大夕張つれづれ

キイチゴ、バライチゴ、ヘビイチゴ、コガネイチゴ、ラズベリー | 高橋正朝 #117

     木苺(きいちご)     大夕張の野山を歩いていると、たま〜に野イチゴを見つけることがあった。  そのとき連想したのが、下記の歌である。      『 野イチゴ〜野イチゴだよ〜 みんなで食べよう〜 』       これは、私が鹿島東小学校の音楽の授業で歌った唱歌である。     …
オンコの実 |高橋正朝 #116 続・大夕張つれづれ

オンコの実 |高橋正朝 #116

    鹿島東小学校の生徒だったとき、野山を歩いて偶然見つけた草木の実を何種類か食べたことがある。  そのなかに、オンコの実があった。  オンコの実を見つけたのは、秋も深まり、今頃の時季だった。       私は、オンコの実のことは知らなかったが、3〜4人の遊び仲間の1人が教えてくれた。 誰だったか…
千年町の思い出 | 菅井宏史 随想

千年町の思い出 | 菅井宏史

    私にとって千年町は長らく住んでいた富士見町に次いで思い出深い町です。     といいますのも、実はわずか数カ月の短い間でしたが、何を隠そう千年町の住人であったからです。千年町界隈をよく自転車で走り回ったものです。(ああ、なんて懐かしい写真!)    『散歩道』の千年町住宅地図でパチンコ店と消…