蓄電池の硫酸|高橋正朝 #54
私が、鹿島東小学校4年生の初夏のころ、学校から帰ったら、玄関に見馴れないものがあった。
蓄電池である。
父親は、すでにオートバイを持っていたが、玄関にあった蓄電池は、そのオートバイ用ではなかった。
その蓄電池は、自動車用で、誰かから充電を依頼されたもので、我が家で充電している最中だった。
当時、アルカリと酸の名詞は知っていた。 マンガ雑誌の科学記事や、マンガのページの端の1行の雑学文に、石けんが、なぜ目にしみるかなどで、アルカリのことが、書かれていたからだ。
夏ミカンは、なぜ酸っぱいかで、酸のことが書かれていた。 だから、アルカリと酸の名詞は知っていた。 しかし、それだけで、化学的知識はゼロだった。
酸の種類については、硫酸の名称だけ知っていた。 これは、美空ひばりが、舞台に近寄った女性に、硫酸をかけられた事件で知った。
この事件は、私は、新聞を読んで知った。 ただし、硫酸の漢字のヨミは知らなかった。 読めない漢字は飛ばしながらも、美空ひばりが、何かをかけられて、被害を受けたことは理解した。
この稿を書くために、ネットをチェックしたら、1957年1月13日に、その事件が起きていた。 かけられた液体は、塩酸と出ていた。
上記のように、私が新聞を読んだときは、硫酸の漢字のヨミは知らなかったが、そのときの漢字が、塩酸だったとしても、ヨミは知らなかっただろう。 当時、塩は専売制だったので、濃紺地に白抜き文字で、塩と書かれた、金属製の看板が、店先に表示されていた。
だから、塩という漢字は、シオと読めるのだか、エンとは読めないボンクラな頭だった。
私の周囲は、美空ひばりがかけられた液体は、リュウサンと言っていたように思う。 十数年後に読んだ雑誌のなかの、美空ひばりのことに関した記事では、この事件のことは、やはり、硫酸と書かれていた。
間違いではあるが、ただ、一般的には、酸の種類の代表的な名称として、硫酸の名がすぐにでてくるので、硫酸という名称が安易に使われていた可能性はある。
私は、子ども時代から、最低、夜間に2回起きて小便に行くのだが、明け方、便所に行こうとして玄関の戸を開けたら、充電が終了していた蓄電池が目についた。 発作的に、セルのキャップを開け、人差し指をちょっと突っ込んでみた。
指は、5〜6mm、1秒間ぐらい突っ込んだ。 そして、あろうことか、それを、ちょっと舐めてみた。
結論としては、何ごともなかった。 何の味もしなかった。 人差し指の濡れた部分と親指の腹をこすってみたが、ちょっとヌルヌルするかなぁ ? とは思っただけだった。 石けんのようなヌルヌル感はなかった。
しかし、このことは、誰にも言わなかった。 誰かに言って、回り回って、親の耳に入ったら、大目玉を食らうことは、必定だからだ。
(2021年8月21日 記)
昭和23年11月に明石町生まれ。鹿島東小学校から鹿島中学校に進み、夕張工業高校の1年の3学期に札幌に一家で転住。以後、仕事の関係で海外で長く生活。現在は、タイ、バンコクで暮らす。
子供心に衝撃的な事件だった。よく覚えている。しかし、
『今から62年前の1957年(昭和32年)1月、人気歌手美空ひばり(当時19歳)が客席にいた同じく19歳の女性ファンから塩酸をかけられた事件、俗に「美空ひばり塩酸事件」が発生した。』
というように、実際に起きたのは、昭和32年1月、私は、生まれて10ヶ月だ。
当然、リアルタイムで知っている訳はない。
しかし、リアルタイムで知っていたかの如く、よく覚えている。
当時の映画ニュースや、昭和30年代、後に隆盛になったTVの番組などで繰り返し、放送され、すり込まれて行ったのだろう。
たしかに『硫酸』で覚えていたようで、このことを通して『硫酸』=危険のイメージが頭の中で作られたと思う。