秋の宝沢(泉町)そして『湖風葬』
左手に鹿島小学校の裏の土手。
そこから橋のように大夕張鉄道の築堤跡が右手の錦町へと伸びる。
宝沢をまたいでいたかつての橋脚もまだ見えていた。
宝沢沿いの窪地に水が溜まる。
泉町。
かつての集落と、そこで暮らした人々の様子は、久々湊さんの文章や、泉町町内会の活動や運動会の写真などで垣間見ることができる。
大夕張生まれの彩木杏樹さんが書いた『湖風葬』という小説がある。
1998年(平成10年)に朝日新聞北海道支社主催の第19回らいらっく文学賞最終候補作品となった。
彩木さんとは『ふるさと大夕張』の縁で何度かメールを交換したことがあった。
彩木杏樹(さいきあんじゅ)というペンネームは、当時活躍した歌手の名前に因むらしい。
掲載された雑誌には、経歴として、
『1957年9月4日、大夕張生まれ。藤女子中学、高校を経て同短大国文科卒。OL生活を経て結婚。現在札幌在住。一女の母』
と掲載されている。
となれば、あの方か・・・と思い浮かばないわけではないが、想像でしかない。たしか、メールでも本名のやり取りはしていなかったはず・・・。
その作品の中で、『創』という主人公を通して、作者の心中を語っていると思われる箇所がある。
少々長くなるが引用しよう。
故郷が湖の底になろうが消えようが、そこで生れた同郷民の「祈り」だけは、深い絆となって根付く。生とか死を超越した強い結び付きを、創はひしと感じた。
全てが夢か幻でも構わなかった。
しっかりと根付いたものを自分の心の中に一つ一つ組み立てていく。人生の終わりまでに創自身の理想の地、桃源郷を探したい。
故郷は消えても心に理想の桃源郷をもてば、どんな困難でも、何かに依存せずに生きていかれる。そんな気がした。
宗教も偉人も今の創には必要なかった。
創の目に朱の鳥居が見えた。櫓太鼓に人々が踊る姿が鮮やかに蘇える。
太鼓を叩く黒い顔。晴れやかな顔。彼らは水底でも踊り続けているだろう。創の中でも・・・。
(中略)
また、夕張岳と人間の戦いが始まり郷土の歴史が続いていく。
そして大夕張は湖底に消える。創は山に向かって叫びたい気がした。
「竜神よ、永遠にここに根付いて郷愁を語れ」
ダム拡張工事の着工はもうすぐだ。
これを読んだのは1998年のことだったが、引用した部分、最後の文章は印象に残っていた。
今あらためて読むと、作者の思いは「創」と名付けた主人公の名前に託されていたのだろう。
今は、その光景を前にすると、作者に共感していた思いは、強くそして実感となった。