昭和34年9月2日鹿島小学校にソニー号がやってきた!(大夕張上空遊覧飛行)
昭和34年9月鹿島小学校に当時TV番組で人気があった「ソニー号」が来校しました。中村素先生が8ミリカメラを片手に大夕張上空から撮影しています。
大夕張が一番盛んだった頃の貴重な街の映像です。離陸して再び着陸するまで約4分程度の映像です。
鹿島小学校のグラウンドを離陸後、栄町、富士見町上空を飛んだあと、炭砿病院上空で反転し、代々木町、緑町上空を飛びます。 そのあと、宝町・千年町から、常盤町上空。ふたたび宝町上空をめぐり、鹿島小学校上空に戻ります。遠く、まだ湖が出来る前のシューパロ川や、官行の工場地帯・礦業所のあたりも写っています。 岳富町上空を通過したあとは、高度を上げ、弥生町、代々木町のあたりから常盤町まで見通すことが出来ます。そしてグラウンドへの着陸。周りで飛び跳ねる子ども達の姿が頬笑ましい。
(1回4分のフライトですが、繰り返し30分ほど入っています。大夕張上空の遊覧をたっぷりとお楽しみください笑。)
ソニー号 見にいきました! 【Masami Kawauchi】
このヘリコプター覚えています。私が5歳の頃 緑町に住んでいて、小学校まで見に行きました。
白いタンク、2つ積んでいてガラスの操縦席でトンボの様な機体でした。よっぽど印象が強かったのか ソリの付いたヘリコプターの絵描くの得意でした。
これとは違いますが当時ヘリコプターで 確か 本町のおかむらデパートのビラ落として 行って 拾いに行った事有りました。 宣伝と言えば チンドン屋も 回っていましたね。
そう言えば ヘリコプターが降りてきて 学校の先生か 誰か 乗せてもらってたよ。 いいな〜と思っていたのを思い出しました。
整然とした街並み 【成田 利夫】
以前もこの空撮を視まして街並みを思い出していましたが、昭和43年の都市計画法が施行される以前に街を作っているのに、狭いながらも整然とした街並みだなあと感心しますよ。
三菱が造ったすばらしい炭鉱産業都市ですねえ。
札幌なんかは都市計画法施行前にあらゆるところを不動産会社が乱開発して、なんでこんなところに家が建っているの? というところがたくさんありますから。
ソニー号の番組、北海道では、昭和32年HBCで放送されていたようです。
『ソニー号空飛ぶ冒険』、SONY提供で、当時放映されていたアメリカのTV番組です。
民放のアーカイブにでていたので、こちらコメント欄からリンクを貼って置きます。
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https://jaa2100.org/entry/detail/058708.html
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http://teleplay.seesaa.net/article/4313192.html
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動画公開の経緯
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この動画は2000年頃のことだったでしょうか、「ふるさと大夕張」の交流を通じて知り合った、内川准一さんから8ミリをテープに起こした物でいただきました。
「ふるさと大夕張1丁目1番地」には、今もmpgのファイル形式でのせていますが、今では当時と解像度が違い、大きな画面で見ると粗が目立ちます。
ですが、2000年の頃は、大きく引き延ばしてもきれいで、よくこんな画像が残っていた物だと感嘆したものです。
今回は元のテープから再び動画に読み込み直したものです。現代のPCや大画面で見ても、BDとはいいませんが、DVD画質では十分見ることができるものだと思います。
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中村素先生が、ソニー号に乗り込んで撮影に至った経緯を、内川さんがyoutubeのコメント欄に書き込んでくれました。ここに引用して書きとどめたいと思います。
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【内川准一】
この8ミリ映像が残っていたことは希有な出来事だったと思います。当時、私の担任をしていた中村先生が、8ミリが写せたことから皆を代表して搭乗したのでした。良く覚えています。「いいなあ~先生ばっかし~」と言いながら見上げていました。このフィルムは、映像が「流れていて」決して見易くはありませんが、意外と解像力があって大写しにも耐えました。それにしても素晴らしい。炭住がコンピューターの集積回路みたいに見えるのも面白い。
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