ラーメンと給料日の話|Kawauchi Masami
2020-10-08
2021-03-01
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当時のインスタントラーメン、『あけぼのラーメン』『よっちんラーメン』『ハイトップラーメン』などありましたが、一番人気あったラーメンは、『ちびっ子ラーメン』です。
当時、春日町の各家庭で、30コ入りのインスタントラーメンを、箱買いしてました。それで、各家にある、ラーメンを持ち寄った為、さまざまな種類のラーメンが集まりました。多分、箱買いが安かったのかと思います。
毎月、14日が給料日。
母が、会社の四角い名字と名前の入った印鑑と、社員証明書の入った入れ物を持って、詰所で現金をもらいました。
毎月14日は学校から帰ると、母の買い物について行って、ラーメンの箱を運ぶのを手伝いました。私達は、家で、おやつ代わりにラーメンを食べてました。箱のラーメンは、半月持ちませんでした。
また、14日は、毎月、ジンギスカンでした。大夕張生協で、肉、ジンギスカンを買いました。
ジンギスカンは、今みたく凍っていませんでした。半凍って感じで、確か1kg、買っていたかと思います。店先で量を言ってから、機械でスライスしてました。
買ってきてすぐに、焼いて食べました。1枚、1枚ずつ、はがれました。
タレは、今と同じ『ベル』でしたが、入れ物が今の丸いものでなく、三角の瓶でしたね。
(2020年10月7日 記)
(筆者紹介)
昭和29年6月生まれ。三男として 南清水沢で生まれ、2歳の時、緑町に、のち春日町で18歳まで大夕張で暮らす。昭和48年、一時大阪へ転出するが、昭和50年帰郷、南大夕張鉱業所ヘ就職し、平成2年3月の閉山まで勤務
炭鉱にいたころは自分んの家は貧しいんだと思っていた。14日が父の給料日、13日が誕生日の私はお祝いされたことがなかった。理解するのにかなりの時間がかかった自分が笑えた。