昭和42年 裸まいり

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 裸まいりは昭和24年(1949年)に岩手県柴波郡志和町出身の北田三好氏が発起人となり,郷里の裸まいりを参考にして行ったのが始まり。

 第一回の裸まいりは郷里の有志(寮生20数名)と「心身鍛錬」「怪我やあやまちがおこらぬよう」「郷里をしのぶ」目的で行った。

 後に生協本店が建った場所にあった、明倫寮から神社に向かった。

 出発前に斎戒沐浴した若者達が裸に、白鉢巻き姿で、先頭に『坑内坑外従業員並家族無事息災安全祈願』とかかれた幟をもった者、塩・米・山海の幸を持った者が続き、かけ声勇ましく、寒風降雪の中進んだ。

 戦後まもなくのころは、物資の不足で、そなえるものにも苦労があり,各寮で出し合って実施した。

 その後、礦業所の相撲部に引き継がれ、会社・組合の援助を受けて実施され、健保保養所(大夕張駅バス停前)から、神社に向かうようになった。

 そして、昭和24年から続いた『裸まいり』も、昭和48年(1973年)の閉山と共に消えた。

昭和42年 幟を先頭に大夕張神社に向かう。

大夕張神社での安全祈願風景 ↓

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