鹿島小学校校門から歩道橋

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  『食憶 その9 歩道橋の午後3時』を書いた長谷川さんや、『歩道橋』で、思いを書いた成松さんは、完成当時鹿島小学校児童で渡り初めをしたという。昭和44年(1969年)のことと思われる。私はすでに小学校を卒業していた。

 

 長谷川さんは、『おやつタイムを過ごした特等席』、成松さんにとっては、『都会的シンボルだった』という。

 大夕張の駅前や岳富町方面を俯瞰して撮影した写真もここから撮影された。ちょうどこの頃、鉄道ブームで大夕張を訪れた人にとっても、ここは撮影のためのよい場所だったろう。

 

 

 鹿島小学校の東側の校門のあたりから撮影した写真。

 すでに鉄道踏切の遮断機もなく、昭和49年閉山後の写真のようだ。

白黒写真に着色した画像

手前空き地から泉町に向けて道路沿いにお祭りお盆の露店が立ち並んだ。 

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