昭和30年前後のスキー場|野崎昭雄
2021-12-03
2024-01-11
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私の記憶では、昭和30年代前半まで(1950年代)、富士見町のスキー場は、段々畑がそのままスキー場になっていたような気がします。
ですから、滑り降りると、下手な人は段差で腰をとられ転ぶことがよくありました。
そのような話が、このページで出てこないところをみると、その後、改修されたものでしょうか。
スキー場に向かって左側にジャンプ台があったと思います。
後に、春日町の友人がジャンパーになって活躍したようですが、ここで練習をしていたようです。
ついでながら、この友人とは、先日、ネット上で約50年振りの再会をしました。
スキー場の遙か上に、大きく切り開かれた火防線(防火線?)があり、焼餅をショウ油にからませて食糧とし、火防線づたいに、1日中滑りまわったことがありました。
ところどころで、誰かが仕掛けた野うさぎ採りの、針金の仕掛けを見ることもありました。
今、スポーツで何ができるかといえば、スキーぐらいとなってしまいました。
(2006年02月04日 記)