昭和28年 鹿島小学校玄関
2022-01-21
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昭和28年冬の鹿島小学校玄関。
この頃の校舎の模型(鹿島小学校旧校舎模型)を見ると、玄関が東側と西側、そして中央にそれよりやや小さめの玄関が一つがあった。これは、『昭和25年の鹿島小学校』の写真でも確認できる。
この写真は屋根の形状などから中央の玄関だと思われる。東西の大きな玄関が児童用、職員来客用の正面玄関がこちらだったのではないだろうか。
昭和33年に新校舎が建つことで、こちらの玄関も取り壊されたが、東側の玄関と、木造校舎の一部は残った。
低学年の頃は、東側の児童玄関から通った。その時の思い出をかつて次のように書いた。
中に入ると薄暗い玄関。敷いてあるすのこの上で上履きと外靴を取り替え、手に下げた靴入れをもって教室に向かいました。この玄関を入って左手、長い階段を下りていく大きな便所、特に日が沈む夕暮れ時の寒さと気味の悪い便所の印象は忘れられません。 父と忘れ物のランドセルを取りに戻ったのもこの玄関。 2年生の頃,この玄関に貼られていた自分の描いた『歯磨きのポスター』がちょっぴり自慢でした。
「薄暗い校舎」「木造校舎の便所」の話は、通った多くの人の思い出の中に残っている。
鹿島小学校木造校舎【泊川俊徳】 (2006年09月29日)
鹿島小学校木造校舎では、私は、1年生から5年生の頃まで木造校舎で授業を受けました。
新築校舎が完成したとき、たぶん6年生から新築の教室だったように記憶しています。
木造校舎の廊下は、ウグイス張りのようで歩くと、鳥の鳴き声のような音が出ました。
冬は幾ら石炭ストーブを使っても、後ろの席は寒かった。
放課後 生徒が帰ると シーンと静まり気持ち悪い感じでした。
トイレは線路側にあり、よくお化けが出るというので、生徒が気味悪がっていました。