月: 2022年2月

昭和45年 バイクで写真撮影|Kawauchi Masami 思い出の記

昭和45年 バイクで写真撮影|Kawauchi Masami

 オートバイと私   1970年、昭和45年です。  オートバイに乗ってた私は、閉山の噂がで始めた頃だと思うのですが 撮っていた方がいいかなと言う感じで、その日のうちに春日町の吊り橋 神社からの風景 大夕張ダムを 撮って歩きました。 昭和45年、明石町の、鹿島自動車教習所跡地にて。当時イージライダー…
戦後の大夕張炭鉱鉱員住宅 あらかると

戦後の大夕張炭鉱鉱員住宅

 戦後、石炭産業で働く人が増えることに応じて、春日町(昭和23年)、常盤町(昭和25年)に、新しい街ができた。春日町の住宅は、一棟2戸の内水道内便所で、部屋も六畳間が三つと妻帯者を中心に入居したという。    町外れの荒れ地に新しく炭鉱住宅が建設された。  その建設を担った大林組の社史に、記述がある…
北海道弁••••••デラデラ | 高橋正朝 #80 続・大夕張つれづれ

北海道弁••••••デラデラ | 高橋正朝 #80

    この時季の、小学生時代の明石町購買会から、服部商店に向かう坂のことを思い浮かべた。      この時季の大夕張は、今よりも雪が多くて寒かったが、それでも、日中は陽がさすと、雪の表面が、ほんのチョッピリだが、湿るようになった。      とはいうものの、夜は零下になり、雪もまだ降る時季だったか…
坑口 その2 炭鉱とともに

坑口 その2

大夕張炭鉱の数多くあった坑口の一つ。昭和30年頃と思われるが詳細不明。 坑口に大きく掲げられた看板の字が不鮮明で読み取れないのが残念。   以前掲載した「坑口」の写真と一緒に投稿された写真。   白黒写真に着色した画像   参考までに夕張市史や、社史による坑口のおおよその位置図は次のページから ht…
同室患者 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

同室患者 ~祖父のスケッチ帖から~

昭和14年11月20日. 炭砿病院の病室。「仝室患者」と書かれているが、同じ部屋の患者であれば、この時期、祖父も一時入院していたことになる。 祖父の書き残したものによると、 「昭和の初め頃、流行性眼病とか耳の障害、また外科では、自分の不注意から湯たんぽによる足のヤケド等で治療を受け短期間で回復」(長…
春日町の我が家|成田利夫 思い出ばなし

春日町の我が家|成田利夫

石炭小屋が家の前に建っていて、隣の空き地が畑でした。 キャベツに長い柄の柄杓というんでしょうか、肥掛けすると臭くってねえ。   部屋は3部屋だったような覚えがあって、奥には、4畳半くらいの一部屋を増築してました。 二階じゃないんですが、玄関を正面にみて左側に父が鶏小屋を増築しました。   毎日生む卵…
鹿島中学校 授業風景 学び舎の思い出

鹿島中学校 授業風景

昭和46年卒業アルバムから。 学級名は明記されていない日常のスナップ写真だが、おそらく3年B組北本先生の学級。 美術の授業風景。懐かしい顔が見える。   鹿島小学校では、二人机の記憶だったけれど、さすがに中学校では、一人机になっている。あの重い木の机。 自分の頭部をモデルにして粘土で作った「彫塑の授…
栄町2丁目~3丁目の通り 思い出の街角

栄町2丁目~3丁目の通り

 昭和43年頃、冬の栄町。  栄町2丁目と3丁目の間の通り。  後ろに炭砿病院。その向こうに礦業所のズリ山が写っている。  軒先に長い氷柱が下がるような寒さが続く日々の中で、ときおり訪れる穏やかな一日。  頬も凍らすような冷たい空気があたりを覆っているようだ。      白黒写真に着色した画像…
雪とともに 楽しかった日々

雪とともに

雪の多かった大夕張。今ではほとんど見ることの無くなった木製のスコップ。柄の長い「雪かき道具」 『ジョンバ』とよんでいた。   雪をのせる木の板は3方を板で囲み、雪が落ちないようになっていた。 サラサラ雪の北海道ならではの雪かき道具だったという。   それでも木製の『ジョンバ』は、それ自体けっこうな重…
学び舎に思う 随想

学び舎に思う

  どこにいっても 忘れないのは坂道です。   われらの学校生活を  象徴するように  曲がりくねっている   急ごうものならひどく息切れして  学校の白い壁の横まで 登り詰めた時  ふりかえると   カブト虫の行列のように  行儀よく土にへばりついている  明石町の炭鉱住宅が見える   山の山の …
写真 昭和40年南部貯木場 その1 思い出の街角

写真 昭和40年南部貯木場 その1

『懐かしき貯木場(南部)|大阪の小林』に掲載の写真4点のうち、一枚。 白黒写真に着色した画像 南部のこの場所はちょうど、旧南大夕張向かいの商店街から入ったところにあるということで、20年程前大夕張や保存会の活動で南部の客車を訪ねた際に、何度もたち寄って写真も撮った。 あらためて、今回20年ぶりに?G…
父との二人旅 |乗田功一 訪問記

父との二人旅 |乗田功一

1999(平成11年)年8月27.28日 大夕張を訪ねて 父との二人旅となった今回の大夕張行き。 すでに殆どの建物が消滅してしまい、十数年ぶりの大夕張という父も、その変わり果てた街の様子にショックを受けていた様子でした。  今回、一番心配していた鹿島小学校校舎はまだ健在で、ホッとしましたが、窓ガラス…