チャンピオンになった少年との黒帯の約束|小野美音子

11941

 昭和39年(1964年)東京オリンピックが終わり、しばらくしてからの事でした。

 父宛てに、青いインクで丁寧に書かれた、葉書が届きました。

 
 父はその差出人である笹原富美雄五段を小学生の時に、柔道を教えた事があり、いつか強くなったら父の黒帯をあげると約束したというのです。

 
 私はその時、父が柔道をできるのも、黒帯を持っているのも、全く知らなかったので、それが本当の事なのか? と思いました。

 
 そこで、

 

「その人はどの位 強いの?」

 

 と聞くと、父は、静かな口調で

 
「世界で一番、強い」

 と答えました。 

でもオリンピックで金メダルを取ったのは、オランダのヘイシング選手で、銀が神永?選手だったはずでした。

(重量階級別など知らなかった。) 

 また 不思議に思った私は、もう一度 父に、

 

「ヘイシングより、強いの?」

 

と聞くと、やはり静かに、


「ヘイシングより強い。誰よりも 強いのだよ。」

 

と、答えました。

 
 私には、よく訳のわからぬまま、会話が終わり、歳月が流れました。

 

 

 笹原五段が、オリンピックで まさかの初戦敗退したのを新聞で見て、父がガックリしてたと聞いたのは、私が大人になってからでした。

 
 小さい娘だった私だけには、父は、

 

「世界で一番強い」

 

と言えたのだと思っていました。

 

 しかし父は、世界選手権などの国際大会で、笹原五段が、世界チャンピオンになり、後に、鹿島小学校に凱旋訪問をされたのを、聞いていたと思われるのです。

(私は今年になり、大夕張年表を見てやっとわかりました。)

 

 
 ボロでヨレた父の黒帯はどこかへ行ってしまい、それは幻の約束になってしまいました。 

   

 ただ 笹原五段がその事を 忘れずにいて下さり父の消息を尋ねておられたと、後に正木先生からお聞きしました。

 

 
 家族としてはそれだけで、有難いと思うばかりです。

 

(2001年4月6日 記)

(※小野美音子さんは、旧姓丸山、お父様は、丸山浩二先生(鹿島小学校)でした)


随想

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