大夕張ダム完成による常盤町の水没家屋
2021-05-12
2023-09-24
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この『大夕張ダム完成による常盤町の水没家屋』の資料を作ってくださった岩田さんは、昭和24年に常盤町が建設された際、新しく完成した炭住に宝町から引越しました。
初代暁橋の入り口、左側の『No.266,50』の住宅。青い線で囲まれた住宅です。
ここから、大夕張幼稚園、鹿島小、鹿島東小、鹿島中に通ったそうです。
(詳しくは、『住民登録窓口』-2021年4月29日 に投稿された岩田直彦さんの書き込みをご覧下さい。)
しかし、昭和35年頃、大夕張ダム湛水により、水没するため、鹿島東小グラウンド上側に準備された、総2階建ての 『青葉荘』 に移住することになったのだそうです。
常盤町建設から10年で、架けかえられた三つの橋も含めて、これら家屋は、水没の憂き目にあったということですね。