月: 2021年6月

大夕張駅付近建物配置図 白地図

大夕張駅付近建物配置図

大夕張駅付近  昭和33年の資料から大夕張駅付近をピックアップしたもの。  大夕張駅の線路の配線や、周辺の建物も描かれている。  手書きの文字で、中心に「大夕張駅」、右に「◯通(○の中に通の字)」昭和30年代日本各地の駅前にあった日本通運、「購買会」。  「大夕張駅」左には「警察」「消防」、通りを挟…
不思議な話|Kawauchi Masami 思い出の記

不思議な話|Kawauchi Masami

 昭和35年 私が幼稚園の頃、外で遊んでいる時の事、家の前の下水に、ミミズがいて、私は小便をかけ遊びました。  その夜、チンチンの先が赤く腫れ上がり、痛みました。  父さんに、言ったら 「お前、ミミズにオシッコ かけなかったか?」  と聞かれ、私が 「かけた」  と、言ったら 「明日、ミミズに ゴメ…
春日グラウンド 思い出の街角

春日グラウンド

 昭和40年頃。  春日町から春日橋を渡ると、春日グラウンド。誰が名付けたのか、ひとよんで「便所場(べんじょば)球場」  奥にバックネットが見える。崖の向こうの街は千年町方面。土を盛って造成された様子がよく分かる写真 だ。昭和30年代、自衛隊によって造成されたそうだ。  この土地は、一時、鹿島高校(…
「べんじょば球場」の思いで|成松 泰彦 思い出ばなし

「べんじょば球場」の思いで|成松 泰彦

   緑町と弥生町との境界の道路を春日町の方に降りていくと、つり橋があったのを覚えてますか?  そのつり橋を渡ったところの球場が、なぜかしら《べんじょば球場》と、呼ばれていました。   私の父はハンターでもありまして、熊が出没したという連絡が入れば、熊退治に出かけて、よく射止めてきたものです。  当…
約 束|夕輝文敏 夕輝文敏

約 束|夕輝文敏

「いいか、今年のクリスマスは特別なんだ。明日の夜八時教室に集合だ。わかったな」  初の言葉に、正春も武も大きく頷いた。  年が明けて三月になると、三人の小学校は閉校となってしまう。  全校生徒十二名中五年生は初たち三名であった。  初たちが生まれる前に、この街を支えていた炭鉱が閉山となってしまった。…
シューパロ湖 ボート遊び 楽しかった日々

シューパロ湖 ボート遊び

 昭和37年 シューパロ湖、ダム建設により湖が誕生してすぐの頃。  向こうの湖岸を、鉄道と開通したばかりの清水沢ー大夕張間の道路が走る。    このダム湖ができてすぐの頃、誰ともなく言われていたはなしを覚えている。    この湖は、川をせき止めてつくられた。湖底には森林の木々が沈んでいる。よって、湖…
汽車通学|高橋正朝 #46 続・大夕張つれづれ

汽車通学|高橋正朝 #46

例によって、飯田さんが編集した写真をコピペ。       昭和47年 国土地理院 空中写真 三菱(鉱)バス 山内線 路線図(路線・停留所名)  上記は、バス路線図だが、大夕張方面から鹿島中学校へ行く経路と、東高校( 鹿島高校 )へ行く経路を比較するのに便利なので、以下の文章のために、コピペしました。…
開拓地 住宅地図(桜ヶ丘・下夕張・旭ヶ丘) 開拓・白金

開拓地 住宅地図(桜ヶ丘・下夕張・旭ヶ丘)

 昭和20年以降、食糧増産の風を受け、森林鉄道沿いに農地開拓のため、入植した人々がいた。  南部より北部には、「桜ヶ岡」「下夕張」「旭が丘」の3つの開拓地があった。  戦後、下夕張に入った高橋善兵衛さんの娘さんである山影静子さんが、書いた本には、当時一緒に入った人々やくらしの様子について書かれている…
大夕張へ向かう3本の道 2丁目3番地

大夕張へ向かう3本の道

むかしの道路(昭和2年ころ) むかし、鹿島まで、3つの道路がありました。  一つは、南部の若葉鉱(今はない)から、山道を通ってきました。  もう一つは、万字炭山からの山道です。  シューパロ川の淵を通る道は、一番新しい道路です。  この道には馬鉄といって、馬のひっぱる鉄道がありました。 (鹿島小学校…