大夕張でライラックの木を見たか
5月のとある日、気温21℃。
陽気に誘われて外を歩くと、気がつくとライラックが満開になっている。
白や淡いピンク、紫色をした小さな愛らしい花が、房になって花を咲かせ、近所の家の庭先や公園などで目を楽しませてくれる。
ライラックの木の下を通ると甘い花の香りが漂い、心地ょい。息を大きく吸い込む。
ライラックの花言葉は「思い出」「初恋の香り」・・・なのだそうである。
なるほど、思い出や、初恋ほど甘美で甘いものはない・・・と納得。
おりしも今日5月17日から札幌では、大通り公園他で『ライラック祭り』が始まった。
北海道新聞によると、きょうから28日まで、吹奏楽祭、ジャズライブやファションショーが開かれるほか、ワインガーデンやスイーツコーナーもあり、苗の無料配布が行なわれるそうだ。
札幌市の花は「スズラン」、木は「ライラック」、鳥は「かっこう」。
1960年(昭和35年)11月に、市民の投票により決まったと、札幌市のサイトで紹介されている。
札幌市を代表する木が、「ライラック」なのである。
さて、そのライラックを、なぜに「ふるさと大夕張2丁目3番地」のここでの話題に、ということなのだが・・・。
上にあげた札幌市の花木鳥のうち、「スズラン」も「かっこう」も、小さい頃から、見たり鳴き声を聞いたりして知っていた。
しかし、「ライラック」を知ったのはずっとあとのことだった。
大夕張にライラックは咲いていたのだろうか。
ヨーロッパ原産のライラックは自生する植物ではなく、札幌にもアメリカから入ったという。
だから誰かが持ち込まなければライラックの木は育たない。
大夕張での少年時代、この時期になると必ず、札幌でライラック祭りが始まったというニュースが流れていた。
それは、北海道では、「初夏の訪れを告げる」ニュースとして定番のようなものだった。
自分は目にしたこともなかった木。
大夕張の富士見町の、あるいは遊び仲間の家の近くの・・・少なくとも生活圏内の中では見たことがなく、教えられたこともなかった。
ライラックの木を知らない自分は、そんなニュースを聞いても他人事の遠い世界の話題のように感じていた。
はたして子どもの狭い認識に過ぎなかったのか、それとも、大夕張にもライラックの木が実は持ち込まれ、どこかであの小さな紫の花の房を咲かせ、甘い香りを漂わせていたのだろうか。
健保会館前の栄町公園にはたくさんの樹木があったようだが、昭和48年発行の岳麓の里『大夕張10景(6)公園の足あと』にも「すずかけ」「ななかまど」「かえで」などの樹木が登場するが、ライラックの名はない。
もしあったとすれば、当然名前のあがって良い樹木だろう。
しかし、個人の庭木の愛好家が住宅の片隅に植えた可能性は否定できない。
満開のライラックの木の下で、懐かしげな顔をして写真を撮っていたおっさんが、思い出していたのは、残念ながら甘い初恋の思い出ではなかった。
(2023年5月18日 記)
明治期に北星学園を創設者したサラ・クララ・スミス女史が、アメリカからもたらしたものがその起源だそうです。
北大植物園にある最古のライラックは、スミス女史から分けていただいた株だそうです。
かつて、自分の庭にもライラックの苗を植えたことがありました。種を落とし脇芽があちらこちらに広がり、そのたくましい生命力に、結局世話を仕切れずに処分してしまいました。
今年も1000本のライラックの苗が無料配付されたそうです。札幌の街には、ライラックがどんどん広まっていくでことでしょう。
それと、フェイスブックの『ふるさと大夕張』でのコメントでは、栄町2丁目15番のブロックにお住まいだった関口さんの家では、花畑にお母様がライラックの木を植えていたそうです。
大夕張でもライラックの花が植えられていたんですね。
その後、大夕張のライラックはどうなったのでしょう・・・。
ライラックは「ムラサキハシドイ」といいます。当然「ハシドイ」という木もあって、北海道にも自生しています。花の時期には石勝線の車窓からあちこちに白い花を見ることができて楽しめました。でライラック。私が所属するNPO団体にC・Aエディントンさんという女性がいます。彼女が札幌に居住するきっかけ(のひとつ)になったのは、故郷のニューヨーク州と同じライラックが札幌にも咲いて香っていたことだった、と話していました。