宝沢

七号沢の源| 久々湊真一 思い出ばなし

七号沢の源| 久々湊真一

 確か鹿島小学校5年生の時に、泉町を流れる小川(七号沢/宝の沢)の源を探検しようと思いたち、町内の遊び仲間と沢を上ったことがあった。  かなり奥行きが深くて、相当長時間登り、とうとう源泉らしきところに行きついた。  意気揚揚と、同じ所を下りって数分後、登ってきた時には無かった足跡が点々とあるのです。…
岳富町商店街と「しがい」 思い出の街角

岳富町商店街と「しがい」

「しがい」とよんでいた千年町。 その千年町と大夕張駅方面を結ぶ岳富町。昔の人は宝沢と呼んだ。 千年町との往来には、この沢を埋め立てた道を歩いた。 戦後鉄道の築堤沿い建ったバラックの商店は昭和30年代立派な商店街となり、「岳富町」となった。 千年町方面のことを、子どもの頃「しがい」と呼んでいた。 千年…
錦町から泉町 思い出の街角

錦町から泉町

 久々湊印刷あたりから、泉町の窪地の方に向かって撮った写真。下に久々湊さんが書いていたが、カラー化して奥の浄水場の辺りもよくわかり、神社への参道も見えていた。  高台の錦町の住宅からの崖は、当時よくみられた石炭の、灰捨て場になっている様子がみえる。  泉町から登ってくる坂道に人が立っているのが見える…
思い出ばなし 宝沢のトンネル 思い出ばなし

思い出ばなし 宝沢のトンネル

鹿島小学校の裏手を流れる沢がありました。宝の沢(宝沢)という沢です。緑町と宝町を結ぶため道路が出来て埋めたてられ、沢水を通すためのトンネルが出来ていました。そんな宝沢のトンネルのお話です。 昭和33年の大夕張の資料から。泉町の宝の沢の周辺に色づけ。緑ヶ丘と錦町をつなぐ橋は地図上にはありませんでした。…
昭和18年 宝沢を行く列車 思い出の街角

昭和18年 宝沢を行く列車

昭和18年、7号の沢と言われた宝沢にかかる鉄橋を行く列車。最後部の車両は出征兵士の見送り。昭和19年築堤化された。 道路側から見た鉄橋。この辺りは戦後バラックの貸本屋・のみ屋・飲食店などが数10軒道路の両側に立ち並びにぎわい、道路改修の為強制的に岳富町と駅前商店街の向かい側に移る。   &…
1941年(昭和16年) 昭和

1941年(昭和16年)

1月 人車卸,ベルト卸の掘進を開始。 増備の第2陣として9604号蒸気機関車を新製、美唄鉄道に於る輸送力の関連から当線には直接入線せず美唄鉄道に配属、支援に美唄鉄道より9217号蒸気機関車を借受け使用9604号蒸気機関車新製9237号と交換使用。 2月 三菱大夕張鉱に巡査部長1名,請願派出所許可。 …
1928年(昭和3年) 昭和

1928年(昭和3年)

2月 初)橋梁橋桁到着完了し,南部在住佐藤庄太郎により馬橇により運搬開始。 3月 初)橋桁運搬完了。 三菱大夕張に請願巡査1名。北部に1名派出所。(向こう1年間許可) 4月 1日,鶯沢,吉野沢橋梁,架橋工事に着工。 6日,五十鈴沢橋梁,架橋工事に着工。 15日,香椎沢橋梁,架橋工事に着工。  30日…