流れのように■昭和16年 夕張岳登山■|長谷川安造 #2

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 昭和13年春から夕張岳に一番近い麓の、大夕張尋常高等小学校に勤めることになった。

 この学校では早くから、児童の健康体力増進を重視し、その一つとして、毎年夏休みに入るとすぐ夕張岳(1668m)への登山を計画し、年中行事としていた。

 高等科1、2年生の内、病弱な者をのぞき、全員が参加することになっていた。夕張岳の高さは道内11番目くらいだが、登る途中のお花畑が美しいこと、頂上からの展望がすばらしいということもあり、麓の人はよく登った。

 昭和の初めには、登山道もなく、ぺンケモユーパロ川沿いに(一名白金川)右岸、左岸と川を渡り歩いて9時間かかり、たどり着いた上流地の木陰で一同、野宿した。

 翌早朝、食事を済ませ、高山植物の美しく咲くお花畑や、はい松の中を横断しながら頂上をめざし、ようやく登りきって、遠く太平洋上にご来光を拝む。

 この快感を忘れ得ず、私など十数回登った。

 その後、夕張岳には狭いながらも登山道、つり橋、ヒュッテなども設けられ、営林署の許可を得て、学校行事として活用できることとなった。

 昭和16年、7月受け持ちの高等科2年女子生徒40名と職員4名で、夕張岳登山行事が発表された。

 児童は夏休みに入るとすぐ、一日千秋の思いで、登山準備。私もこのたびは責任者として緊張しつつ、出発までは持ち物等、再点検して待った。

 いよいよ当日となり、一同予定時間どおり、8合目付近のヒュッテをめざし出発した各自のリュックには2泊分食料と衣類等が詰め込まれ、かなりの重さになっている。

 特に小柄な児童には、背負う大きなリュックがめだつ。途中の坂道や、所要時間等が頭に浮かび、彼の児は歩きとおせるのかなと、不安が頭をよぎる。

 いつもの要領で、1時間歩いたら、必ず10分間は休憩を取りながら登った。嬉しくも、みんな良くがんばってくれたので、午後4時前には一同ヒュッテ着となり、皆指示に従い、疲労も忘れて夕食の準備に入った。

 山での炊飯は早いもの、あちらこちらと分かれて、石暖炉を囲む児童達の輪から歓声が湧いてくる。やがて、ヒュッテ内でそろいの舌鼓うち、明日の頂上への夢枕につく。

 翌早朝は、洗顔もそこそこに、薄く霞む霧の中を足元に気遣い、皆言葉もなく黙々のぼる。明け行くとともに、お花畑の美しい登りを過ぎ、はい松の群生を横断し、間もなく急な崖道になる。大石のごろごろ重なり続く道。これを登り切ると頂上だ。東の空は幸い明るい。

 登り着いた者から「万歳万歳」の声。しばらくして、一同ご来光を眼前に、神々しい壮観に見とれ感慨無量。

 用意の汗とりと厚着に身を包み、ゆっくりと腹ごしらえにかかる。小樽・苫小牧の海、日高連峰、十勝岳、芦別岳を眺め、雲間からわずかに見下ろすことのできるわが街を見つけ、皆大喜びの爽快ぶりだ。

 下山は急がず走らず、今日の恵まれた天候に感謝いっぱいで、ヒュッテに着く。汗拭き、川原で手足を洗い、これから昨夜同様夕食の準備に入る。

 その矢先、一人の児童があわただしくかけより、

「先生!Mちゃん橋から落ちたの!」

「ええっ!」私は驚いた。

 すぐ、ヒュッテ横の小川にかかる二本の丸太掛け橋(高さ4・5メートルくらい)にかけつけた。

 M子は石の川原に起き上がり、

「先生・・・私の手、動かないの、どうしよう」と泣き寄る。

見ると片手首複雑骨折らしい。

「大丈夫、しばらくがまんしてよ」

となだめ、持ち合わせの麦粉と酢を、練り合わせ、油紙で患部に塗布、それから風呂敷で前腕を吊り、固定する。そして、安静に休ませ、一夜明けるのを待った。

 この驚きと心配で、にぎやかな昨夜にかわり、隠忍自重といった様子で夜明けを待ち、下山の途に着いた。

 M子は朝食もふだんと変わりなくとり、意外と元気であった。日頃から明るく、滑けい味のある性格で、応急処置の吊り腕ながらも、友を笑わせて下り歩いてくれた。

 橋から落ちた際も、わらじの紐をほどき、そのまま足を引きづり飄々と渡って、紐を踏んで落ちた様である。

 下山後は直ちに町内に整骨治療には有名人がいたので、そこで手当てを受けた。治癒も順調に進み、完治までの日数は長かったが、事無く終わり、私もようやく胸なで下ろす次第であった。いつもの世でも児童と教師父兄が一つに心になれることだ。

 M子は、今は天理市で、相も変わらず朗らかに、還暦を迎える頃と思う。益々幸多かれと祈る。

(昭和62年8月17日 記)

『卒寿記念随想集 (平成7年)』より


長谷川安造 (明治37年生~平成10年)

昭和13年4月大夕張に教員として大夕張尋常高等小学校(のちの鹿島小学校)に赴任。昭和32年4月鹿島小学校より富野小学校に転出。昭和16年7月当時、鹿島小学校は、大夕張国民学校。


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