月: 2020年6月

昭和38年 急行券と準急行券 交通関係

昭和38年 急行券と準急行券

 昭和38年「大夕張駅」発行の普通急行券と、同じく「千年町駅」発行の準急行券。 「山史 第1編沿革 第7章」には、次のように書かれています。  昭和36年1月14日より、国鉄札幌・夕張間にジーゼル準急行列車「夕張」を2往復運転開始せしが、当鉄道各駅からの連絡旅客に対しても2月1日より準急行券を発売開…
1962年(昭和37年) 昭和

1962年(昭和37年)

1月 16日,鹿島高校全日制課程設置認可。(通学区鹿島・南部) 2月 10日,シューパロ湖,道立富良野・芦別道立自然公園に指定を受ける。 大夕張鉱奥部第1立坑堀鑿完了。 3月 奥部第2立坑(深さ940.2m)堀鑿開始。 19日,病院前踏切にてNo.4牽引の混33列車,トラックと衝突。死傷者なし。 3…
大夕張つれづれ■雁皮■|高橋正朝 #56 大夕張つれづれ

大夕張つれづれ■雁皮■|高橋正朝 #56

 前回、このコーナーに書き込むとき、「雁皮」という単語が、私が使用しているパソコンでは出てこなかった。  大夕張では普通に使っている名称だが、一般的でない、つまり方言かなぁ、と思い、広辞苑でチェックしてみたら、ちゃんと見出しにあった。  今ではほとんど使用しない名詞だから、私のパソコンには搭載してい…
懐かしき南部貯木場跡を訪ねて|大阪の小林 訪問記

懐かしき南部貯木場跡を訪ねて|大阪の小林

平成15年8月4日   今回、本当に久しぶりに大夕張の南部貯木場跡を見ることができました。  札幌のホテルを基地にして、レンタカーで北海道の観光をすることにしたのですが、勿論、その一部に南部に行くという行程を入れるのを忘れませんでした。  8月3日に南部に行く予定でしたが、あいにくの雨でやむなく翌4…
大夕張つれづれ■ルンペンストーブ■|高橋正朝 #55 大夕張つれづれ

大夕張つれづれ■ルンペンストーブ■|高橋正朝 #55

 私は大夕張明石町番外地で生まれ育ったのだが、小さいころの我が家のストーブはマキストーブだった。  5歳前後のころに、石炭ストーブに変えたと思う。  あの頃の日本は、工業復興のために、極端な傾斜生産方式で、石炭、鉄鋼、造船が重要産業だった。  私の父親は、三菱鉱業で働いていなかったので、当時としては…
懐かしき貯木場(南部)|大阪の小林 回想・随筆

懐かしき貯木場(南部)|大阪の小林

(平成12年6月4日)    初めまして。大阪の小林と申します。小生は昭和40年の一夏(七月中旬から八月中旬まで)南部にありました営林署の貯木場で、大学の友人二人と共にアルバイトをしました。三人とも関西人であり、大学は京都にありました。    宿舎は営林署の「南部合宿」、要するに独身寮です。寮には独…
鹿島小学校記名章 陳列棚

鹿島小学校記名章

 これは、ダムに沈むことを知った乗田功一さんが、大夕張を訪れて、本間商店に寄った際、本間商店のおじさんから譲っていただいたという鹿島小学校の記名章です。  乗田さんのお話では「小学3年生の時の写真では誰も付けていないようで、小学4年生の写真から全員胸に付けています。ですからこの間(昭和44年頃)に制…
大夕張つれづれ■馬ソリと竹スケート■|高橋正朝 #54 大夕張つれづれ

大夕張つれづれ■馬ソリと竹スケート■|高橋正朝 #54

 カバキツネさんが馬ソリのことを書き込んでいたので思い出しました。  冬は馬車でなくソリでしたね・・・・・・。  鹿島東小学校の低学年のころ、学校から千歳町を経由して明石町への帰り道で馬ソリを見つけると、そのソリに乗ろうとしたことが何回かあります。  馬ソリのスピードはそれほど早くなく、子供のことだ…
シューパロ湖全景(パノラマ) 思い出貼

シューパロ湖全景(パノラマ)

昭和40年頃のシューパロ湖全景 大夕張とシューパロ湖 【矢野和裕】2016/07/19 _ 23:20:19  釣りが好きで、この町でコーラを飲み食料を調達していた。春はイワナ、秋は鯉、冬にワカサギと札幌から通った。  特に冬のシューパロ湖を歩いて向こう岸へ行くと、色は消え空気は凍り音も消える。 上…
第4編 営業成績 第2章 旅客運賃  山史

第4編 営業成績 第2章 旅客運賃 

第2章旅客運賃 1、 賃率(国鉄比較) 三菱大夕張鉄道国鉄年・月・日賃 率大夕張・清水沢間運賃賃 率14年4月1日  1銭5厘6毛14年4月20日1銭5厘6毛24銭 17年4月1日   2銭19年3月1日1銭6厘26銭 19年4月1日2銭5厘40銭2銭5厘20年4月1日3銭50銭3銭21年3月1日 …