運動会の父母観覧席
2021-09-13
2022-11-16
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昭和40年代、運動会の観覧席。カトリック教会からテニスコートの土手、大夕張駅の裏手から校舎まで、鹿島小学校のグラウンドをぐるりと父母席が取り囲んだ。
運動会の観覧席 【飯田雅人】
毎年5月の最終日曜日か6月の第一日曜日,大夕張あげての鹿島小学校の運動会でした。山々に応援歌が響き渡り,大勢の人々の声援が町を揺らしました。前日ともなるとどの家庭でも,我が子の姿が少しでもよく見えるようにと,土手からテニスコートにかけて席取りをしていたもものでした。この大勢の人を見ると,あらためて当時の鹿島小学校の児童数,大夕張の地域の人口を思わざるを得ません。この時期にしか食べられなかった台湾バナナ,めったにでない太巻きやいなり寿司の味も忘れられません。
『国破れて山河あり』というが、国破れて山河もなく、あとは忘却の彼方に・・・・とあんまり現実と向き合いたくもないが。
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平成の頃の『土手』ここにはクルマでいけるようなので、見る気になればみることはできるでしょう。