昭和33年 鹿島東小学校 里見公園遠足 学び舎の思い出

昭和33年 鹿島東小学校 里見公園遠足

 鹿島東小学校閉校記念誌の中からの一枚。  つけられたキャプションには、「昭和33年頃、里見公園に遠足にいく かわいい一年生」とある。  サトミ公園は大夕張にあった小公園。  写真の背景から、サトミ公園から鹿島東小学校に帰る途中の姿だろうか。  常盤橋も旧橋。 昭和30年前後、鹿島東小学校から明石町…
・・・(無題) |弥生町 訪問記

・・・(無題) |弥生町

 本日、2013年6月20日。  若菜を右に、夕鉄のバスの建物を懐かしく想いながら、ひたすら清水沢へ。  途中、平和の炭坑の面影を背負い、清水沢の駅舎をのぞき、嘗ての 学ラン姿、セイラー姿の往来を感じながら、あそこに、カツオ出汁の30円ラーメンがあり、道を挟んでお焼き屋のお店があり、駅前食堂があり・…
炭住とダイコン干し (緑町)  思い出の街角

炭住とダイコン干し (緑町) 

 昭和37年頃の晩秋。  テレビアンテナと傘のついた煙突。煙突から立ち昇る白い煙。冬の訪れも近い。  秋の陽射しを受けてダイコンの簾が窓いっぱいにおおう。  出窓の上にのっているカボチャがまた秋らしい。  庭先に、コスモスにも見える植物が、花を咲かせている。  場所は、緑町浴場の裏にあった、緑町2丁…
ダイコン干しの一服 楽しかった日々

ダイコン干しの一服

昭和30年頃 春日町。 前回の『ダイコン洗い』の住宅と同じ家の屋根の上だろう。   冬の漬物用に縄であまれたダイコンをつるし、その後の一服なのだろうか。が、それにしては、靴も、服も余所行き(ヨソイキ)過ぎる。撮影用に屋根に上がった?    片手に煙草をもってのんびりと座る一家の大黒柱たる主人と、そば…
故郷への想い|カメ 思い出貼

故郷への想い|カメ

大夕張の紅葉。 例え様も無く綺麗だった。  箱根や京都の紅葉の比では無いと思う。  澄んだ水を満々と湛えるシューパロ湖。  そしてその湖面に映る紅葉と夕張岳。  そんな事を想っている大夕張住民が沢山いるんだろうな。  故郷は遠きにありて思うもの    ・・・・・・なのかな。 (2010年10月12日…
ダイコンの収穫 楽しかった日々

ダイコンの収穫

 昭和30年代 春日町清明寮前の畑と思われる。  畑にダイコンやトウモロコシを植え、秋になると収穫していました。 白黒写真に着色した画像   ダイコン収穫の親子     春日町、清明寮とその前の畑 https://ooyubari.com/2021/03/25/seimeiryo/…
夕鉄バスの記憶|乗田功一 思い出ばなし

夕鉄バスの記憶|乗田功一

   子供の頃、冒険心を起こし親に内緒で一人で、夕張へ行ったことがあります。    当然、お金もないので、清水沢までは汽車で(当時、回数券が会社より支給されていたのでタダで乗車できました)行き、そこからバスに乗り換え夕張へ。     適当に町をブラついたあと、帰りは逆のコースをとるべくバスへ乗車しま…
ダイコン洗い 楽しかった日々

ダイコン洗い

昭和30年頃 春日町のどこからしい。 10月頃だろうか。 秋晴れの日を見つけて、ダイコンを素手、たわしでごしごしと洗い、縄でダイコンを編む。そして軒先にすだれのように干した。 今でもこの時期、外を歩いていると近所でも縄に編んだダイコンが干してあるのをみることがあるが、滅多にみなくなった。 大夕張から…
《思えば遠くへ来たもんだ》|  ziny 思い出貼

《思えば遠くへ来たもんだ》|  ziny

 私の大夕張から旅立ちの光景。  今から42年前の3月、大夕張を朝7時過ぎでしたか、大夕張駅前のバス停で、バスケの仲間からケネディ大統領の文庫本を渡され、送られた記憶。  地面は雪でガリガリ。  札幌まで、今は亡き親父が送ってくれました。   バスの中で、小川知子の「初恋の人」が流れていたのが、今も…