思い出貼 二股停車場 明治45年(大正元年)まだ、南部が大夕張で、北部大夕張は未開発。終着駅は二股(南部)だった頃の大夕張。大夕張炭坑株式会社の二股停車場(旧南大夕張駅)。 後ろの大夕張炭坑選炭場の屋根に当時の社紋が見えます。 明治45年(大正元年) 二股停車場(旧南大夕張駅) 大夕張炭坑株式会社の社紋 &… 続きを読む
明治 1911年(明治44年) 4月 1日,大夕張特別教授場(この年児童数126)が公立大夕張尋常小学校となる。5月 7日,大夕張尋常小校舎建築。12坪教室3室の校舎建築。旧校舎と併用。児童数226名4学級編成。6月 1日,大夕張炭坑株式会社が清水沢-二股(南大夕張)間専用鉄道線完成。運転開始。二股駅(南大夕張駅)開業するが,駅舎… 続きを読む
明治 1909年(明治42年) 8月 28日,「大夕張炭坑株式会社」と社名を変える。 この頃,賃金支払いの手段として山札(金券)が発行され(一銭・五銭・五十銭・壱円の4種),坑夫は指定商から買い物をした。 当時の指定商「永原商店(魚介)」「 坂本呉服店」「中田呉服店」「沢本呉服店(酒,肉類も扱う)」「中村豆腐店」「高田甘泉堂(菓子… 続きを読む