昭和14年

働く看護婦 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

働く看護婦 ~祖父のスケッチ帖から~

  看護婦さんという言い方から看護師さんというようになって久しいが、当時の看護婦さんの働いている姿をスケッチした三枚。 思い出しながら自宅で、あるいは病室の中で時間を持て余しつつスケッチ帖を手に描いていたのだろうか。日時の記載はないが、昭和14年の病院の絵の続きのページに描かれていた。 キャップと、…
同室患者 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

同室患者 ~祖父のスケッチ帖から~

昭和14年11月20日. 炭砿病院の病室。「仝室患者」と書かれているが、同じ部屋の患者であれば、この時期、祖父も一時入院していたことになる。 祖父の書き残したものによると、 「昭和の初め頃、流行性眼病とか耳の障害、また外科では、自分の不注意から湯たんぽによる足のヤケド等で治療を受け短期間で回復」(長…
住宅地 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

住宅地 ~祖父のスケッチ帖から~

昭和14年11月19日の記載があるスケッチ。小さなスケッチ帖の2ページに描かれた風景。 祖父長谷川安造が、沼ノ沢から大夕張に転勤となり、新築炭住の弥生町に引越したのは昭和13年(1938年)春。 翌14年(1939年)、宝町に新炭住が完成し、そこに引越した。 更に、昭和15年(1940年)、宝町に夕…
夕張岳 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

夕張岳 ~祖父のスケッチ帖から~

黒い表紙の小さなスケッチ帖を開くと、昭和14年11月19日の夕張岳が描かれている。 表紙の裏に鉛筆の粉がついて、ページ全体が黒ずんでいるが、描かれた線はしっかり残っている。   かつて祖父の自宅仏間には、夕張岳の写真(『ふるさと大夕張2丁目3番地』に掲載している昭和28年の夕張岳)を引き伸ばして飾っ…
昭和14年 大夕張尋常高等小学校 集合写真 学び舎の思い出

昭和14年 大夕張尋常高等小学校 集合写真

昭和14年(1939年) 10月 大夕張尋常高等小学校(鹿島小学校)  写真の日付にある昭和14年10月、日中戦争から太平洋戦争へ突き進む世の中、19日には、最初の朝鮮人労働者177名が入山し、大夕張尋常高等小学校の人数も増え、校舎が増築(教室14・東側便所 使丁室その他546.75坪 学級数29,…
1939年(昭和14年) 昭和

1939年(昭和14年)

1月 1日,帝室林野局大夕張出張所発足。 4月 1日,大夕張鉄道旅客運賃改正 粁当賃率1銭5厘6毛。 20日,地方鉄道「三菱鉱業株式会社線」として一般運営業を開始。社線内旅客及び貨物の取扱を開始する。タブレット閉塞器設置。旅客賃率1銭5厘6毛。 大夕張~新清水沢間24銭。 石炭賃率18粁50銭。当時…