1968年

炭住とダイコン干し (緑町)  思い出の街角

炭住とダイコン干し (緑町) 

 昭和37年頃の晩秋。  テレビアンテナと傘のついた煙突。煙突から立ち昇る白い煙。冬の訪れも近い。  秋の陽射しを受けてダイコンの簾が窓いっぱいにおおう。  出窓の上にのっているカボチャがまた秋らしい。  庭先に、コスモスにも見える植物が、花を咲かせている。  場所は、緑町浴場の裏にあった、緑町2丁…
見つけた写真 C1101 |Kawauchi Masami 思い出の記

見つけた写真 C1101 |Kawauchi Masami

  今日、片付け物してて写真を2枚見つけました。 その内の『C1101』の写真。 いつの頃か? 後ろに、三菱のラッセル車が見えます。 この汽車、見たこと有るような? 石炭の積む所が小さいので、印象に強く残っています。   番号の 『C1101』 覚えているような気がします。 大きく引き伸ばして有るか…
開校四十周年記念パレード#2/7 思い出の街角

開校四十周年記念パレード#2/7

昭和43年、9月27日、鹿島小学校40周年を記念した鹿島小学校鼓笛隊のパレード。 鼓笛隊の最後尾のアコーディオン、鉄琴、メロディオンの隊列が行く。その後を鹿島小学校の先生方が付き添って。 栄町アパート前 白黒写真に着色した画像   栄町アパート(ブロック)の前の通りを行く鼓笛隊 列の後ろには鹿島小学…
開校四十周年記念パレード#3/7 思い出の街角

開校四十周年記念パレード#3/7

昭和43年、9月27日に行なわれた鹿島小学校40周年を記念した鹿島小学校鼓笛隊のパレード。 当日のパレードの道筋は、おそらく鹿島小学校をスタートし、大夕張駅前-炭砿病院、そしてここ栄町2丁目3丁目の間を通り、再び駅前から千年町方面に向かったようだ。 短い秋の日の午後、西日を受けて隊列は長い影を伸ばす…
昭和43年 千年町駅 思い出の街角

昭和43年 千年町駅

 千年町駅は郵便局や駐在所のあった商店街がならぶメインストリートからやや明石町よりのところにあった。  昭和25年11月1日、千年停留所として開業。    昭和35年3月21日千年町駅になり、昭和45年無人化された。  昭和48年三菱大夕張炭礦閉山のため、12月16日営業廃止となった。  当時,駅長…
桜荘の女の子 楽しかった日々

桜荘の女の子

 昭和43年頃、千年町の桜荘前にて。  女の子乗っている自転車も当時流行りはじめた子供用の自転車。  男の子の『坊ちゃん刈り』に対する女の子の『わかめちゃんカット』。  当時の子どもたちはみんな同じ髪型でした。  ちなみにお母さんたちは、みんな『サザエさんパーマ』でしたね。 白黒写真に着色した画像 …
お祭りの夜店  楽しかった日々

お祭りの夜店 

 子どもの頃は、夜店(よみせ)といっていた。たまに、出店(でみせ)と呼ぶこともあったが、「よみせ」といっていたことの方が多かった。  自分が子どもの頃は、お祭りとお盆の三日間は、鹿島小学校の東側の門の坂下から、鉄道線路の西側の道路と空き地にそって、ずらりと多くの露店が建ち並んだ。  写真には、懐かし…
大夕張炭砿労働組合 事務所 炭鉱とともに

大夕張炭砿労働組合 事務所

 昭和20年11月の発足以来、大夕張での労働運動の指導的役割をはたしたセンター的な建物。  昭和43年ころの写真と思われ、壁には、当時の情勢を反映したスローガンが外壁に張り出されている。    全組合員、家族と地域住民の生活安定のため、「いのちを守る国有化斗争」を長期頑強なストライキでたたかいぬこう…
北海道労働金庫 大夕張支店 思い出の街角

北海道労働金庫 大夕張支店

戦後、発足した北海道労働金庫大夕張支店。 大夕張炭砿労働組合事務所のとなりにあった。協和会館がそばにあり、駅前通りに面していた。 このあたりも大夕張のもうひとつの『顔』だった。 大夕張支店は、昭和49年10月5日、清水沢宮前町に夕張支店に新築移転した夕張支店に統合された。 夕張市史の記述によると、昭…