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『それ』のおいしい作り方 |久々湊真一 思い出ばなし

『それ』のおいしい作り方 |久々湊真一

   小学校5年の時に、何故か化学者に憧れて、試験管やらビーカーを買ってきた。     長年シコシコと貯めていた小遣いを、思い切り良く全部これに充てたのでした。   「何に使うの?」   と両親から咎められたが、案の定、実験のアイテムも無くて、ただ透明の容器を眺めて磨いて、ニタニタしていただけであっ…
錦町界隈|久々湊真一 思い出ばなし

錦町界隈|久々湊真一

   「始めてのお買い物」というTV番組を見ていて、いつのまにか大夕張にタイムスリップしていた。    *** 自分の始めてのお買い物は、錦町入り口の購買会なのだろう(憶えていませんが)車も走っておらず家のすぐ前なので、スリルも何も無かったろうなぁー*** と。     錦町購買会は2階建ての大きな…
泉町仮装行列始末|久々湊真一 思い出ばなし

泉町仮装行列始末|久々湊真一

  「知られざる泉町」に一部書いた泉町の仮装行列につき記載します。 既に書いてあったのですが、品が無いので掲載を見合わせていたものです(一部表現に不適切な部分があることをお許し下さい)。   何の仮装を行うかは、町内会の三役が決めたようで、   「今年は××をやれ」   と有無を許さぬお達しがありま…
昭和35年 泉町 町内運動会 街の行事

昭和35年 泉町 町内運動会

昭和35年(1960年)頃、実施された泉町の町内運動会。 当時、大夕張で盛んに行なわれていた各町内会での恒例行事。 泉町では、毎年趣向をこらした運動会が行なわれていた。 その第1回大会。 この時町内会長を務めていた南太吉さんの自宅前の広場で実施され、その記念撮影。 他にこの頃、町内会の世話役を務めて…
小学校の通学区域変更 | 久々湊真一 随想

小学校の通学区域変更 | 久々湊真一

   私は昭和29年(1954年)に鹿島小学校に入学しました。  しかしながら 昭和30年末に学区の変更があって、小学校2年の終わりに強制転校となり、鹿島東小を卒業しました。   通学区域変更の内容は、泉町の川(宝の沢)を境に、千年町駅側は東小・大夕張駅側は鹿島小の区分けでした。   私なんぞは、 …
夕張市立図書館鹿島分館 思い出の街角

夕張市立図書館鹿島分館

 宝町にあった鹿島図書館。  写真の右下には、当時通勤や仕事で使われていた二輪のオートバイが停まっている。    この建物は、昭和35年に新築以降の建物で、自分が利用したのもこの建物。    本通りから宝町の図書館に向かって入って行くと住宅と図書館の間は、かつての住宅の跡地なのか、写真のように空き地…
私の恩人3  |  久々湊真一 随想

私の恩人3 | 久々湊真一

 宝町一丁目に、新聞記者をされていた(と記憶する)佐藤貞雄さんがおられました。  父の知り合いでもあり、何度かお宅にお邪魔をしました。   私がここで見た(驚いた)世界は、今振り返ると、大変重要な出会いでした。  それは、新聞のスクラップブックでした。  切抜かれた新聞記事は、各々コメントが附されて…
私の恩人2 |久々湊真一 随想

私の恩人2 |久々湊真一

 三菱大夕張病院の鈴木昭先生を知ったのは、私が鹿島中3年の時でした。  この時に、病弱であった母が急に体調を崩し、入院かつ危篤状態になったのです。   当時内科部長であった鈴木昭先生が、 「この注射で大丈夫でしょう」 と言われて処置。  しばらく時間が経過した後に、母の顔に赤みが戻ってきました。  …
私の恩人 | 久々湊真一 随想

私の恩人 | 久々湊真一

 私の乳幼児時代は、「死んでもおかしくない」虚弱体質だったそうです。  当時の写真をみると、首に真綿を巻いているものが多く、何やら情けなくなります。  小児喘息も持っていて、呼吸が苦しかったことを、朧げに記憶しています。  幼稚園には、  「身体が弱すぎて預かりかねます」  と入園を拒否されました。…
七号沢の源| 久々湊真一 思い出ばなし

七号沢の源| 久々湊真一

 確か鹿島小学校5年生の時に、泉町を流れる小川(七号沢/宝の沢)の源を探検しようと思いたち、町内の遊び仲間と沢を上ったことがあった。  かなり奥行きが深くて、相当長時間登り、とうとう源泉らしきところに行きついた。  意気揚揚と、同じ所を下りって数分後、登ってきた時には無かった足跡が点々とあるのです。…
泉町子供会 楽しかった日々

泉町子供会

昭和37年 泉町の行事。 子供会 卒業記念子供大会。   後ろにある掲示物から・・・・ 『卒業・就職?・進学・◯◯(読めない) 子供大会』   ここに写る子供会の面々、小学校低学年から、中学校の制服姿の子まで、このあたりまでが会のメンバーだったのだろうか。   久々湊さんが、式次第についてふれている…
ふるさとの匂い |久々湊真一 随想

ふるさとの匂い |久々湊真一

 匂いというものは、記憶と深く結びついている。  昨年の5月に大夕張に行った時である。    僕の顔を撫ぜている風の匂いに、なぜか立ち止まって、懐かしさで胸が一杯になった。  大夕張の乾いた空気の匂い。    まだ肌寒いけれど、確実に春がやってくる花々の匂い。  それらが、どっとやってきて、僕は立っ…
泉町10周年記念写真 思い出の街角

泉町10周年記念写真

昭和42年 泉町10周年記念行事 白黒写真に着色した画像 泉水町町内会の役員と出席者の皆さん 記念写真  【久々湊眞一】 昭和40年頃。 泉町開町10周年の記念行事。 左側の一番端に大夕張山神社の神主さんがいます。 宝沢の暗渠  【飯田雅人】  この写真ともう一枚の『泉町10周年』の写真を見ると、鹿…
郵便局の町内地図|久々湊真一 思い出ばなし

郵便局の町内地図|久々湊真一

『散歩道』の町内地図を懐かしく拝見しています。掲載されている地図は昭和43年のものですが、眺めているうちにある事を思い出しました。 同時期の昭和41年に、私は郵便配達のアルバイトをしたのです(夏休みの帰省時)。 大夕張郵便局には、戸別の詳細地図が備え付けてありました。一家全員の名前が入った非常に詳し…