随想 母の大夕張への思い|二木 晃 私の母は、当時、炭砿病院の隣にあった「家政塾」の和裁と料理の先生をしていました。 平成十二年に、名古屋のわが家で亡くなりましたが、時折、大夕張の生活を懐かしみ、短歌に記しておったようです。 先日、遺品を整理していたところ、大夕張への思いをつづった短歌数編が出てきましたので、拙いものですが、供養… 続きを読む