官行

メタノール工場とポンプ場 思い出の街角

メタノール工場とポンプ場

 メタノール工場には、同級生の菊池くん(トシボーと呼んでいた)のお父さんが勤めていた。  近所に住んでいたこともあり、家族ぐるみで仲よくさせてもらっていた。よく父や母と、ご夫婦の故郷である四国の話をしていた。トシボーとは、中学校を卒業以来会っていないが、年賀状のやり取りは今も続いている。  遠足や遊…
C1101 思い出貼

C1101

大夕張炭山にて  NHKのテレビドラマ『すずらん』や、東映映画『鉄道員(ぽっぽや)』が公開され、話題になった頃、標茶町に展示保存されていた旧国鉄のC11が北海道の大地を走りました。  以前、留萌駅-増毛駅間を走ったSL『すずらん号』や、釧路駅-標津駅間のSL『湿原号』に乗車しましたが、サイズ的にも、…
平成10年 発電所からポンプ場へ|飯田雅人 訪問記

平成10年 発電所からポンプ場へ|飯田雅人

突然よみがえる記憶 官行の道 平成10年夏の大夕張   下の写真は、昭和40年頃の発電所の写真をカラー化したもの。  色はあまり綺麗に出せなかったけれど、それでも初冬の風景なのか、枯れた下草が寝ているような様子に見える。 白黒写真に着色した画像 大夕張を出てからも,私自身の記憶に残る風景や建物は多く…
シューパロ川 川遊び 楽しかった日々

シューパロ川 川遊び

昭和30年頃 本間正雄さんが、シューパロ川上流に泳ぎに仲間といったという際の懐かしい写真。 年上らしい二人の人物がうつっているが、筋肉質のたくましく、がっちりとした体つきをしている。 知り合いの子どもたちをつれての川泳ぎだったのだろうか。   白黒写真に着色した画像…
大夕張炭山 運んだ、石炭を人を

大夕張炭山

昭和45年 白黒写真に着色した画像   大夕張炭山 No.8 三菱大夕張炭鉱ポケット(大夕張炭山) 【奥山道紀】2002/11/21(Thu) 20:27 炭鉱は地下深い切羽から採炭した石炭を斜坑や立坑で、地上へ運び出し選炭後、貨車で各消費地へ送り出します。地上ある巨大な選炭工場や積込ポケット、発電…
北の零年 ロケ地 (大夕張礦業所跡地) 思い出の街角

北の零年 ロケ地 (大夕張礦業所跡地)

2004年(平成16年) 夕張市鹿島1番地 大夕張礦業所跡地で『北の零年』の映画が、撮影された。 昭和53年の三菱大夕張礦業所跡地写真。このころ、まだ建物はいくつか残っていた。左下ゲート(入り口)(国土地理院空中写真) セット入り口からみる(かつての礦業所ゲート前)セット奥から入り口に向かって商店(…
ズリ山 炭鉱とともに

ズリ山

昭和40年頃  採掘された石炭のうち、廃棄する捨て石をズリといい、長年にわたって積み重なった結果ズリ山ができる。同じ炭砿でも、九州辺りの炭砿では、同じものをぼた山と呼んでいるそうです。「ズリ山・ぼた山」昭和30年代、子どもだったからなのか、特に使い分けずに、両方の呼び名で呼んでいたような気がします。…
機関庫 思い出貼

機関庫

昭和47年頃 SL揃い踏み 【奥山道紀】 大夕張炭山機関区での9600形SLの揃い踏み(昭和47年頃)。 左から「NO.5」「NO.6」「NO.7」「NO.8」「NO.2」、昭和46年6月に閉山間近の三菱美唄より「NO.8」が転入。 昭和47年の「C1101」転出の後、9600形が「NO.2」~「N…
取水堰 音の風景

取水堰

1998年夏 取水堰にて採録 八つ目  【泊川俊徳】小学校 中学校の頃 ここで良く泳ぎました。プールが子供で満杯で ブツカリ危ないので 夏はここで泳ぎました。どじょう 八つ目等採るのが 上手な人がいて ここに来る途中 他人の畑から イモを少し拝借。 家から 味噌や醤油 豆腐をもちより ナベの真ん中に…
メタノール工場2 思い出の街角

メタノール工場2

  メタノール工場 【T,Aさん】(2006/07/03(Mon) 07:55) 左側の平屋の建物はオペレーターの監視室とポンプ 圧縮機が稼働する変成工場です。 メタンガス、炭酸ガス、水蒸気の混合ガスを触媒を通して800℃に加熱させる反応塔は右側の低い塔です。 水性ガスとしてガスホルダーに…