ズリ山

1717

昭和40年頃

 採掘された石炭のうち、廃棄する捨て石をズリといい、長年にわたって積み重なった結果ズリ山ができる。同じ炭砿でも、九州辺りの炭砿では、同じものをぼた山と呼んでいるそうです。「ズリ山・ぼた山」昭和30年代、子どもだったからなのか、特に使い分けずに、両方の呼び名で呼んでいたような気がします。

 昭和43年鹿島小学校の開校記念の鼓笛隊のパレードの写真では、背後に炭砿街の象徴のようにズリ山が映り込んでいます。

ズリ山の変遷

(左から 昭和22年・昭和30年・昭和47年)  石炭産業の発展と共に巨大化していく様がわかります。

平成9年 自然に還りつつあるズリ山

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。

20 + 14 =

アップロードファイルの最大サイズ: 5 MB。 画像, 音声, 動画, 文書, スプレッドシート, 対話型, テキスト, アーカイブ, コード, その他 をアップロードできます。 Youtube、Facebook、Twitter および他サービスへのリンクは自動的にコメント内に埋め込まれます。 ここにファイルをドロップ