昭和30年

二股ダム地点(大夕張ダム) 思い出の街角

二股ダム地点(大夕張ダム)

大夕張国営かんがい排水事業 記念史(1967.10.23)より 同書には、ダム地点として掲載させている。 大夕張ダム着工以前の二股(南部)より上流の写真、ダム工事に着手する昭和29年(1954年)前後の写真と思われる。   遠くに夕張岳 左手の崖に大夕張鉄道 右手の崖に桜ヶ岡の開拓農家が数軒見える。…
鹿島東小学校 遠足 学び舎の思い出

鹿島東小学校 遠足

昭和30年(1955年)9月。 祖父のアルバムでこの写真を見たときには、深浦先生らしい先生がいたので鹿島小の行事かと思ったが、よくみると、昭和21年生まれの叔母がいる。 叔母は、当時宝町に住んでいたので、鹿島東小学校に通っていた。深浦先生は、昭和30年鹿島小学校に赴任し同年中に鹿島東小学校に転任にな…
坑口 その2 炭鉱とともに

坑口 その2

大夕張炭鉱の数多くあった坑口の一つ。昭和30年頃と思われるが詳細不明。 坑口に大きく掲げられた看板の字が不鮮明で読み取れないのが残念。   以前掲載した「坑口」の写真と一緒に投稿された写真。   白黒写真に着色した画像   参考までに夕張市史や、社史による坑口のおおよその位置図は次のページから ht…
八百五十のゲレンデ 思い出の街角

八百五十のゲレンデ

昭和30年 八百五十のゲレンデ。 白黒写真に着色した画像   八百五十  【小笠原 憲】 1998年02月27日(金)16時47分10秒 お久しぶりです。 遠い昔の記憶によると(昭和35,6年)、八百五十は鹿島小の横の沢をどんどん登っていって、更に山に登って・・というようなところでした。 鹿島小の冬…
祖父の勇姿 | 勝又優子・桃子 思い出ばなし

祖父の勇姿 | 勝又優子・桃子

 祖父は昭和37年まで大夕張常盤町に住んでおり、当時ジャンプの選手として活躍していたとの話です。  大夕張代表として、4山対抗大会に出場し、少年組で優勝したとの事です。   画像が新聞の切り抜きのため鮮明ではありませんが、当時のジャンプスタイルを偲べると思います。   (2005年6月19日 記) …
八百五十のゲレンデ(3) 楽しかった日々

八百五十のゲレンデ(3)

『大夕張小唄』にも詠われた『八百五十』。  見渡す限りの銀世界  スキーで鍛える この体    スキーをするには絶好の斜面で、ヒュッテもあった。 山神社から尾根伝いにいくコースと、沢づたいに行く2つのコースがあった。 ヒュッテは、吹き抜けの2階もあり、スキーの合宿ともなると十数人もの人数が宿泊する大…
農場前臨時乗降場 運んだ、石炭を人を

農場前臨時乗降場

 昭和30年頃 桜ヶ丘方面と行き来する乗降場であったのだろう。対岸の桜ヶ丘方面に行くには、尚、崖の道を下り、シューパロ川にかかる細いつり橋を渡らなくてはいけなかった。   写真を拡大すると、制帽をかぶった鉄道員らしき人物や乗降する複数の人が見える。   白黒写真に着色した画像 後のシューパロ湖駅より…
3号つり橋から橋を渡る列車  思い出の街角

3号つり橋から橋を渡る列車 

昭和30年頃 桜ヶ岡から、シューパロ川にかかる『3号つり橋』の上からちょうど、列車が大夕張方向に向かってやってきた。 目の前に見えるのは、五十鈴沢橋だろう。 大夕張ダムによるシューパロ湖が生まれる前の様子。 昭和32年まであった『農場前臨時乗降場』に続いたという崖の道も見えている。   白黒写真に着…
坑口 炭鉱とともに

坑口

昭和30年前後に撮影されたもののようだが、場所、その他詳細不明。   ケーブルに巻上機が設置されていて、坑口の周辺は資材が散乱し、使われているようにみえない。 白黒写真に着色した画像…
函渕 思い出の街角

函渕

 昭和30年頃。  この場所は、後年、大夕張ダムが作られたところ。  かつて南部から夕張川を遡行すると上流は二股に分かれていて、シューパロ川とパンケモユーパロ川が合流していた。  二つの川の合流地点であることから、二股、と呼ばれた。大夕張ダムの別名も、二股ダムである。  大夕張ダムができる以前、この…
昭和30年代 千年町商店街 思い出の街角

昭和30年代 千年町商店街

あまり画質は、よくないけれど、昭和30年代の千年町の写真は 自分的には貴重なので、掲載していくことに。   TVの映像からスキャンしたもので、当然ながらオリジナルの画像はもっと鮮明でしょう。   千年町のスズラン型の街路灯が、昭和30年代の千年町商店街らしい。   「千年町バス通り」(富田商店・割烹…
昭和30年頃 繁栄の街 大夕張の全景

昭和30年頃 繁栄の街

一面の雪に包み込まれた街。 日が沈む頃、手前の山の影が街全体を先に覆いはじめる。 町から見える夕張岳が沈む夕日を浴て輝く時間。 冬のある日、街に急に訪れる一日の終わり。   白黒写真に着色した画像   白一色の世界に炭住が整然とならぶ…
ダイコン干しの一服 楽しかった日々

ダイコン干しの一服

昭和30年頃 春日町。 前回の『ダイコン洗い』の住宅と同じ家の屋根の上だろう。   冬の漬物用に縄であまれたダイコンをつるし、その後の一服なのだろうか。が、それにしては、靴も、服も余所行き(ヨソイキ)過ぎる。撮影用に屋根に上がった?    片手に煙草をもってのんびりと座る一家の大黒柱たる主人と、そば…
ダイコン洗い 楽しかった日々

ダイコン洗い

昭和30年頃 春日町のどこからしい。 10月頃だろうか。 秋晴れの日を見つけて、ダイコンを素手、たわしでごしごしと洗い、縄でダイコンを編む。そして軒先にすだれのように干した。 今でもこの時期、外を歩いていると近所でも縄に編んだダイコンが干してあるのをみることがあるが、滅多にみなくなった。 大夕張から…