昭和35年

昭和43年 千年町駅 思い出の街角

昭和43年 千年町駅

 千年町駅は郵便局や駐在所のあった商店街がならぶメインストリートからやや明石町よりのところにあった。  昭和25年11月1日、千年停留所として開業。    昭和35年3月21日千年町駅になり、昭和45年無人化された。  昭和48年三菱大夕張炭礦閉山のため、12月16日営業廃止となった。  当時,駅長…
健保会館前の少女 記念の日

健保会館前の少女

昭和35年夏 健保会館前の庭。強い陽射しの中で、まぶしそうな表情をしている少女。小学校も授業は午前中で終わり、半ドンだった。お祭りの日のお出かけだろうか。 白黒写真に着色した画像   健保会館前の庭にて…
神輿と子ども 楽しかった日々

神輿と子ども

昭和35年頃 春日町。 白黒写真に着色した画像 春日町詰所前のこども御輿と、その前で記念写真 御神輿に賽銭箱  【菅原 雅行】2003年06月03日(火)01時02分58秒 30年振りに大夕張のお祭りを思い出しましたが、関東のむし暑い6月に比べ、何と爽やかだったことか。 お神輿をかついで、疲れたらう…
代々木町佐藤さん宅の記念写真 楽しかった日々

代々木町佐藤さん宅の記念写真

  白黒写真に着色した画像   後ろに見える清掃道具や、牛乳受けの箱も今では懐かしい   代々木町佐藤さん宅の記念写真 【斎藤敏幸】(2021年5月9日)   昭和35年頃   父の友人の佐藤さん宅前で撮った写真です。   私は神社方向の夕陽をまぶしそうな顔を   しています。…
大夕張ダム完成による常盤町の水没家屋  思い出の街角

大夕張ダム完成による常盤町の水没家屋 

 この『大夕張ダム完成による常盤町の水没家屋』の資料を作ってくださった岩田さんは、昭和24年に常盤町が建設された際、新しく完成した炭住に宝町から引越しました。    初代暁橋の入り口、左側の『No.266,50』の住宅。青い線で囲まれた住宅です。  ここから、大夕張幼稚園、鹿島小、鹿島東小、鹿島中に…
炭砿病院前   楽しかった日々

炭砿病院前  

 昭和35、6年頃 病院手前の踏切のそばにあったブロックの前で、住所的には、富士見町4丁目になるだろうか。道路をわたって、礦業所事務所に向かって5丁目、6丁目となった。(下の地図参照)  近所のブロックに住んでいた『シズコちゃん』は、小学校入学前の頃の自分とよく遊んでくれた。何度も家に遊びに行った記…
代々木アパート  思い出の街角

代々木アパート 

 昭和30年に代々木アパートは、完成しました。まだ完成後、間もない頃でしょうか。道路を挟んだ協和会館側から撮影された写真のようです。  二棟のうち、北側にたっていたアパートの様に見えます。ちょうど下で泊川さんが書いた『雪の城』は、このあたりに作られたものでしょうか。  町内掲示板のそばで男子高校生ら…
春日町住宅から坂の上の代々木町 思い出の街角

春日町住宅から坂の上の代々木町

昭和35年頃  春日町の北側の住宅地の一角だろうか。軒先で遊ぶ子は、兄弟なのか、ご近所さんなのか。年の離れた中学生と小学生のようです。そしてそれを見守る煙草をくわえているような姿のおじさん。  ご近所同士、兄弟を入れて、自然に、年齢の離れた小集団を組んで遊んでいたものでした。  よく見えませんが、何…
栄町アパートから 思い出の街角

栄町アパートから

 昭和30年代。最盛期の町。健保会館武徳殿の庭の様子が、よくわかります。そして、正面には、三菱大夕張幼稚園の玄関のある中央の建物と東西に伸びた立派な園舎全体が写っています。この頃は、この規模の園舎にさえ収容しきれなかったのか、私たちは、2部制の一日交替で幼稚園に通っていました。  奥には、園庭の一部…
そり 楽しかった日々

そり

   『そり』といえば、この赤茶けた台車のような形をした、木製の『そり』しか覚えがない。  台車の下の車輪の代わりに、細い二本の板に、鉄板が打ち付けてあった。  小さいころ、冬は購買会への買い物に手伝いをして、これでみかん箱や、リンゴ箱を載せて運んだこともあった。  力で押すタイプでしかも、重心がや…