炭砿病院

三菱大夕張炭砿病院 職員写真 楽しかった日々

三菱大夕張炭砿病院 職員写真

昭和36年5月。 草の上には雪が未だとけ残る。   白黒写真に着色した画像   昭和36年頃 三菱大夕張炭砿病院職員写真 父と炭鉱病院【飯田雅人】 三菱大夕張病院は薬剤師であった父の職場でした。私は小さかった頃,富士見町6丁目下の病院とは目と鼻の先の線路をはさんだ公園のそばの家に住んでいました。 父…
三菱大夕張炭砿病院 昭和49年頃《カラー版》 思い出の街角

三菱大夕張炭砿病院 昭和49年頃《カラー版》

 白黒写真に色を付けると、立体感や臨場感が増し、当時の様子が生き生きと蘇ると言われ、昨日の新聞にも、どこだかの大学が、関東大震災の時の写真をAIと人の手による着色で、当時の記憶が生々しく蘇ったなどという記事が載っていた。    着色作業をしていて、色付けしたばかりに却って侘しさ寂しさを感じる写真があ…
三菱大夕張炭砿病院 昭和49年頃 思い出の街角

三菱大夕張炭砿病院 昭和49年頃

  写真すぐ左手の大夕張炭山駅から一日に何度も石炭を運んで行き来していた鉄道は、すでに撤去されてない。 閉山翌年の頃だろうか。   炭砿病院前のかつての線路の周囲に伸びた雑草が、失われた活気の大きさを感じさせる。   右手正面玄関の上には、「三菱大夕張病院」の文字。      …
三菱大夕張炭砿病院 思い出の街角

三菱大夕張炭砿病院

 昭和45年頃の炭砿病院。  その頃。    右手の突き出た屋根のある部分が、正面玄関。左手は北側の玄関。職員関係者用の玄関だった。    正面玄関と北側の玄関の間に見える一階の窓のところが、事務室・受付だった。  正面玄関を入った先の吹き抜けの立派な階段を上がると診療室がならび、二階にはその窓が見…
山神祭 炭砿病院前 街の行事

山神祭 炭砿病院前

病院前の道路も舗装になった昭和40年代のころ。 6月、子ども達の神輿行列が炭鉱病院前を行く。   トラックに積んだ巨大なスピーカーの上、山車には『春日』と書かれており、春日町内会の子どもたちの行列のようだ。   春日町詰所前の広場を出発した神輿をかつぎ、子どもたちが隊列を組んで街中を練り歩く。   …
山神祭のボーイスカウト  街の行事

山神祭のボーイスカウト 

 昭和44年6月15日 栄町から炭砿病院方面。    6月15日山神祭の日の一コマ。 ボーイスカウトの子供たちの誇らしげな行進を、実に様々な人たちが集まり見守っている。     着飾った女の子たち、赤ちゃんを連れたお母さん達、和服姿のお父さん・・・、いろいろな年齢層の町の人たちが、沿道に集まっている…
礦業所病院 手術室/内科室 絵葉書

礦業所病院 手術室/内科室

昭和15年(1940年頃)発行された大夕張礦業所発行の八枚組の絵葉書の内の一枚。 『礦業所病院 三菱大夕張礦業所 手術室/内科室』   炭砿病院の記憶をもとにいえば、事務室・薬局が一階、診察室関係は、二階だっただろうか、通院した耳鼻科の診察室の記憶しかない。   手術室は一階の角にあった。これはよく…
働く看護婦 ~祖父のスケッチ帖から~ 絵画

働く看護婦 ~祖父のスケッチ帖から~

  看護婦さんという言い方から看護師さんというようになって久しいが、当時の看護婦さんの働いている姿をスケッチした三枚。 思い出しながら自宅で、あるいは病室の中で時間を持て余しつつスケッチ帖を手に描いていたのだろうか。日時の記載はないが、昭和14年の病院の絵の続きのページに描かれていた。 キャップと、…
病院の庭 楽しかった日々

病院の庭

父のアルバムから。 昭和28年頃。映っている三人は、後に結婚する父と、母。一緒に映るのは薬局の看護師の前田さん。 父は炭砿病院の薬局で、母は、病院の経理で働いていた。 宝町に住んでいた母と前田さんは、子どもの頃から仲がよく、遊んだり、習い事にも一緒に通っていたという。 私にとっても懐かしい三人の姿で…
代々木町から炭砿病院 思い出の街角

代々木町から炭砿病院

昭和40年頃 代々木アパートから炭砿病院方面を撮影した写真。 白黒写真に着色した画像 代々木町アパートから炭砿病院、礦業所方面 昭和27年生まれ 【松下秀明】(2007/01/09(Tue) 13:56) 私も、昭和27年生まれの同級生です。小学校時代は代々木町1丁目10番4で過ごしました。佐々木さ…
昭和27年 炭砿病院職員野球部 楽しかった日々

昭和27年 炭砿病院職員野球部

 昭和27年(1952年)6月11日、北炭職員野球部と試合後に、夕張炭鉱病院前で撮影した写真らしい。  下の書き込み、父の顔を見つけて書いたのだけれど、今回、着色をしていてなんと母が写っていたことに気がついた。鈍感にも程があります・・・。  炭砿病院の事務室で働いていた母が、正面玄関をはさんで、向か…
炭砿病院 思い出の街角

炭砿病院

 昭和20年代でしょうか。病院も新築してから間もない様子。整備されていた病院前の花壇もまだ整備途上にある様子です。  病院というと、普通は事故や怪我、病気など印象の良くない場所であろうと思います。  自分にとっては、薬剤師であった父の職場でもあり、父の入院先でもあり、最後を迎えた場所。小さかった自分…