山神祭のボーイスカウト 

1916

 昭和44年6月15日 栄町から炭砿病院方面。

 

 6月15日山神祭の日の一コマ。 ボーイスカウトの子供たちの誇らしげな行進を、実に様々な人たちが集まり見守っている。

  

 着飾った女の子たち、赤ちゃんを連れたお母さん達、和服姿のお父さん・・・、いろいろな年齢層の町の人たちが、沿道に集まっている。

 

 この写真は、同級生の鈴木さんのお父さんが写したものだが、偶然知り合いが何人も写されていたという。

 

 中央の二人は小原楽器店の二人のお嬢さんたち、ボーイスカウトにも2歳年下の妹さんの同級生たちがうつる。

 

 奥の子供を抱いているお母さんは、閉山で一緒に大夕張から越してきて、抱かれている子供は、今は50代のおじさんになっているそうだ。

    

  

 この通りは、三菱バスの山内線が通った。

 

 昭和44年の未舗装の道路とはいえ、かなり整備されて平坦のように見える。

 

 昭和35、6年、この辺りは、まだ砂利を敷いたガタガタの道路だった。

 

 山内線のボンネットバスに乗った5、6歳の私は、一番後ろの席に乗っていて、炭砿病院前で降りようと、このあたりで立ち上がった。

 

 

 ところが、揺れがひどく、どこにもつかまることもできず、体がとばされるのではないかと、ホントにおそろしく、焦った。

 あんなに揺れたバスの記憶は、二度とない。

 小津安二郎監督の『東京物語』で、原節子演ずる紀子が、上京した両親を連れて東京観光するシーンがあるが、その中でボンネットバスに乗っている乗客達が一様に揺れているシーンがある。(予告編にも入っている)

 東京の舗装された道路で、酔いそうになるあの揺れならば、大夕張の砂利道では、小学校入学前の子ども一人をふっとばすには、ありあまるほどの相当の揺れだったに違いないと、そのシーンを見ながら、妙に合点がいった。

 

 炭砿病院横のこの場所は、その記憶と結びついている。

 

 

 この写真を撮影した鈴木さんのお父さんの視線を通して、50年以上前の大夕張にタイムスリップしていくことのできることに喜びとともに、貴重で不思議な縁に感謝。

 

 

 

白黒写真に着色した画像

 

炭砿病院横のバスも走った栄町の通り。道端にはタンポポの群生。

(2021年7月7日 公開)

(2022年11月12日 更新)

 

 

 

 

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