1963年

鹿島小学校 写生  学び舎の思い出

鹿島小学校 写生 

 昭和38年頃の鹿島小学校の校外での学習風景。  右下の家並みは、富士見町。  啓心寮の建物から倶楽部の庭がある。その前の住宅から、4丁目~5丁目が写り、高い煙突が立つ砿業所の建物、工場群までが見えている。  遠くの山には、まだ白い雪が残り、5月くらいのころだろうか。丘の子どもたちのには、まだ冷たい…
本覚寺遷化 石碑 思い出の街角

本覚寺遷化 石碑

昭和38年 錦町 本覚寺境内。 写真の奥には、錦町の高台にあった天理教の教会が見えている。 錦町の中で本覚寺は坂の上に位置していたが、それよりも「こんなに高いところにあったんだ」というのが、正直な感想だ。   石碑には『 開基 本覚寺釋慈雲之碑 』と書かれている。 本覚寺の創立者浜出慈雲師の石碑の完…
開業した頃の湖畔亭 思い出の街角

開業した頃の湖畔亭

昭和38年頃 白黒写真に着色した画像      開業間もない頃の湖畔亭。  この写真を見たときに一番先に思い出したのが、入り口の上の看板に書かれた『亭畔湖』だった。  開通した清水沢-大夕張間の道路をバスで「湖畔」停留所の前を通ると、バスの窓からこの文字がよく見えた。  そのたびに、右から書かれたこ…
協和会館 掲示板前 思い出の街角

協和会館 掲示板前

 『第34(?)回メーデー』と書かれたポスターに見入る中学生。第34回なら、1963年(昭和38年)5月。  掲示板の前にポスターが立てられ、多くの人達が集まっている。近くの大人達が巻かれた組合旗らしきものをもっている。  メーデー行進の前後の風景だろうか。ここは、労働組合事務所の前でもある。   …
千年町商店街 風船行列 街の行事

千年町商店街 風船行列

 昭和38年頃、山神祭。  子どもたちがこんなに大勢集まっている姿、今は都会でも、地域の中でこんな姿はまったく見ることができない。  手に手に色とりどりの風船や、紙の小旗を手にパレードを繰り広げている。山神社の幟がたち、山神祭関連の行事のようだ。白シャツに白のトレパン姿の男の子がいて、当時の服装を思…
千年町バス通り(富田商店・割烹スミレ・ 井若たばこ屋) 思い出の街角

千年町バス通り(富田商店・割烹スミレ・ 井若たばこ屋)

 昭和38年 千年町のバス通り。まだ雪の名残の残る頃。  場所的には、相馬屋旅館の向かい側といえばいいだろうか。右に行くと、千年町駅、願正寺方面、左に行けば鹿島東小学校方面である。    3軒商店が見える。  右は、『井若たばこ屋』  「たばこ」、「煙草小売所」などの懐かしい看板が目につく。窓のショ…
昭和38年 泉町 白地図 白地図

昭和38年 泉町 白地図

鹿島のあゆみ(鹿島小発行)に所収されている資料から、昭和38年の泉町部分を取り出し作成。 黒く塗られた部分は、昭和53年当時残っていた建物を示しているが、一部白く加工した部分がある。 昭和38年資料の泉町地図  …
昭和38年 健保運動会 楽しかった日々

昭和38年 健保運動会

昭和38年 鹿島小学校グラウンドで行われた健保運動会 白黒写真に着色した画像 鹿島小学校グラウンド、数多くの行事等が実施された 大夕張の一大イベント  【小林光志】 1963年頃(昭和38頃) 三菱大夕張健保運動会。春日町総合優勝。私が中3の時と思う。大夕張の 一大イベントでした。その頃の春日町の人…
初カラー写真(武徳殿前庭) 楽しかった日々

初カラー写真(武徳殿前庭)

健保会館 三色すみれの花壇を前景に 後ろに栄町アパート(ブロック) 初カラー写真 【斎藤敏幸】(2021年5月8日)   昭和38年頃   父の友人が「カラー写真撮ってやる」との一声で   家族みんなで「正装し」   武徳殿で、初カラー写真を   撮ってもらったものです。…
三菱バス  大夕張営業所 思い出の街角

三菱バス 大夕張営業所

  昭和43年頃、新塗色のバス(左)と、旧塗色のバス(右)  炭砿(ヤマ)内を走るバスは。山内線、山内バスと呼ばれ、『中学校前行』と『明石町行』があった。  自分の記憶の中では、山内バスというと、写真にある右側の『灰色』中乗りのバスを連想する。    もともと始発は、『礦業所前』だった。小さい頃は、…
昭和38年シューパロ湖駅ホームから 思い出の街角

昭和38年シューパロ湖駅ホームから

 シューパロ湖駅ホームからシューパロ湖を望む。  遠くに三弦橋、右手前に湖畔亭が見える。シューパロ湖の駅名標も映り込んでいる。 白黒写真に着色した画像 手前にシューパロ湖畔の小公園。整備の途上にあるような様子が見える。 https://ooyubari.com/2021/02/10/s38syupa…
昭和37年シューパロ湖駅待合室 楽しかった日々

昭和37年シューパロ湖駅待合室

 シューパロ湖駅待合室前で。開業したばかりの頃でしょうか。  待合室の中からシューパロ湖を見ている人達、袋を下げた観光客のような人たちもいます。  父とつないだ男の子の手には、当時子どもたちに人気のあったグリコのお菓子が、しっかりと握られています。 白黒写真に着色した画像 待合室の向こうはホームが見…
千年町の子どもたち 楽しかった日々

千年町の子どもたち

昭和38年頃、千年町。 3人の男の子と女の子。四人の後ろには、願正寺の看板。 願生寺の建物は、そのご改築され、私が記憶にあるものとは違っている。 昭和40年前後に改築されたらしい。 左手後ろに見える屋根は妙法寺。 白黒写真に色付けした写真 願正寺 門前の子どもたち ↓昭和45年頃の願正寺 https…
昭和38年頃 白銀橋 楽しかった日々

昭和38年頃 白銀橋

 明石町から、当時『開拓』と呼んでいた鹿島白金地区へ向かう橋。『開拓へいく』といったらこの橋を渡っていくというのが、自分のイメージ。  大夕張ダムの建設に伴い、大夕張中の多くの橋が架けかえられましたが、この白銀橋も昭和34年に、奥鹿島開拓地に通じる木製のつり橋が水没することになったため、その補償とし…