昭和10年代 冬山スキー行事

533

 昭和10年代、大夕張でただ一つの学校だった、大夕張尋常高等小学校。

 戦時体制が進む中、名称も昭和16年(1941年)大夕張国民学校へ、そして昭和17年(1942年)には、鹿島国民学校へとかわる。

白黒写真に着色したカラー画像)
三代目校長の伊沢豊久校長(在任:昭和9年~19年)の姿もある。(左から三人目)

 当時、時代の風潮を反映し、体力、精神力強化のための教育が重視された。そのため、鹿島小学校においても、体育的行事が重視され、『夕張岳登山』・『冬山の夕張越えスキー行事』・『水泳宿泊教室』などが、年間計画の中に位置づけられ、実施されたという。

 特に、高等科では最終学年、男女とも礦業所裏山の鹿島沢を経て、送電線附近の山道を超え、夕張に出て、さらに鹿の谷、清水沢、南部を歩き続け学校にもどるという強行軍の行事も実施された。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

six − two =

The maximum upload file size: 5 MB. You can upload: image, audio, video, document, spreadsheet, interactive, text, archive, code, other. Links to YouTube, Facebook, Twitter and other services inserted in the comment text will be automatically embedded. Drop file here