八百五十のゲレンデ(4)

1632

昭和30年 当時の、身長以上の長いスキー。

 お腹に茶色の腹巻きをしめている。バカボンのパパがしていた腹巻きと同じ物。このころ自分は身につけた覚えはない。忘れてしまっただけなのかもしれないけれど。

 スキーのブランドマークは当時よく見かけたような気がする。小樽にあったというアジアスキーだっただろうか。これまた記憶は定かではないが、『田』の字に似ていたマークだったような気がする。

 そんなスキーも、昭和47年の札幌オリンピックを経て、昭和50年くらいから、外国製ブランドが圧倒的に多くなっていった。

 金具のカンダハーが懐かしい。

白黒写真に着色した画像

八百五十のヒュッテ小屋のそばで。

父のすがた 【飯田雅人】

私はこの小屋を利用したことはありませんが,八百五十のこのヒュッテを使ったことのある方は多いと思います。
私の母は鹿島小学校のスキー授業で(戦時中の頃と思いますが)使っていたようですし,戦後大夕張にやってきた栃木生まれでスキー経験皆無だった父も、友人達とこのヒュッテを利用しスキーを楽しみました。
鹿島小のスキー授業や,鹿島中のスキー部の合宿などで,この小屋を利用した人達も多いと聞きます。



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