野球のあいま

1192

昭和30年ころ

 鹿島小学校のグラウンド。西側の木造校舎。校舎の前の遊具が新しい。

 雪どけの水がグラウンドにいっぱいに広がる。

 坂の下には、緑町の住宅の屋根と浴場がわずかに見える。

 鹿島小学校グラウンドでは、よく大人たちの野球の試合や練習が行われていた。スパイクとユニフォーム。バットとグローブを手に持ち、合間の記念撮影、そんな風景の中で撮られた写真だろうか。

 

 私の父も野球のグローブをもっていた。左きき用の皮の固いグローブだった。炭砿病院の薬局に勤めていた父は、昭和20年代独身の頃、職場のチームで、そのグローブを使って試合に出ていたらしい。

 昭和40年ころ、小学校中学年から高学年の頃、世の少年たち同様、王や長島に憧れていた。TVで8時半の男、宮田が出てくるとそれはもう巨人の勝利を確信し、その通りになった。

 世の少年たち同様の流れで、おねだりしてグローブを買ってもらった。そうして、家にあった父のグローブが、柔らかい自分のグローブに比べて、あまりにも、固くて平べったいことに気がついた。

 父とキャッチボールをしながら、よくあのグローブで、ボールが受けることができるな、といつも思っていた。

 自分のグローブは、土手にあたってボールがこぼれないように、自分の手に合わせて、折り曲げてクセをつけるようにしていた。父のグローブは、固く開いていて、そんなことはまったくできない板のような形状をしていた。どうしてそんなカタチなんだ、といつも疑問に思っていた。

 ちょうどこの写真に写っているようなそんなグローブだった。

白黒写真に着色した画像

ユニフォームの上に上着を羽織り、ボールとバットを手に撮影。この季節、グラウンドで試合はできたのだろうかとふと思う。

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