開拓

炭焼き小屋の前で 思い出の街角

炭焼き小屋の前で

 昭和20年、下夕張(旭ヶ丘)開拓地。    筵を敷き動物の毛皮の上に座り、くわえ煙草。 赤ん坊を抱っこして、蓄音機を並べた写真撮影。撮影は、当時大夕張でただひとつの写真屋だった、加川さん。  写真屋さんがくるというので、珍しかった蓄音機をわざわざ持ち出して一緒に撮ってもらったという。    悠然と…
奥鹿島分校の歌 校歌よ永遠に

奥鹿島分校の歌

昭和41年1月23日制定  (作詞)浅野 明信 (作曲)武田 謙 【昭和30年代奥鹿島小学校の文化活動について】  昭和32年、4月鹿島東小学校奥鹿島分校として開校した。  この年、6月に屋外運動場が完成。    昭和33年9月、台風21号で教室の屋根の三分の二が飛散する。    昭和34年9月、台…
桜ヶ岡 3号つり橋 思い出の街角

桜ヶ岡 3号つり橋

昭和30年頃 白黒写真に着色した画像  この写真の橋は桜ヶ岡開拓地(シューパロ湖駅対岸)と大夕張方面を結ぶ橋だっだようです。昭和32年まであった鉄道の『農場前臨時乗降場』から、この橋を渡って対岸に渡ることができました。  奥鹿島には、1951年に鹿島開拓団が設立され、入所後、つり橋を建設し共栄橋と名…
奥鹿島分校 学び舎の思い出

奥鹿島分校

昭和40年代 白黒写真に着色した画像 玄関にかかる、『夕張市立鹿島東小学校奥鹿島分校』の表札。玄関を入って左が職員室で、右手が教室だった。 表札に見える、鹿島東小学校分校時代は、昭和32年から、昭和53年までだった。 【沿革】 桜ヶ岡小学校 【開校】  昭和23年(1948年) 7月20日。   桜…
函渕 思い出の街角

函渕

 昭和30年頃。  この場所は、後年、大夕張ダムが作られたところ。  シューパロ川とパンケモユーパロ川の合流地点から、二股、と呼ばれた。大夕張ダムの別名も、二股ダムである。  大夕張ダムができる以前、この地は函渕と呼ばれ、切り立った崖と深い谷が続いた。  南大夕張から北部大夕張への鉄道敷設の際には、…
大夕張10景(5)白銀橋に憩う 岳麓の里

大夕張10景(5)白銀橋に憩う

大夕張10景(5)白銀橋に憩う   画・・・・伊 藤 清 治 文・・・・佐 藤 貞 雄 いっぱいに水をたたえたシューパロ湖と、残雪の夕張岳を右に見ながら、バスは大夕張へ向かう。湖水が右へ別れる地点へ来ると、前方にクリーム色のしゃれた橋が、湖をひとまたぎしている。白銀(しろがね)橋という。 …