道玄坂の思い出 その2 | 高橋正朝 #124

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 前々回投稿した、大夕張つれづれ # 122 〘 ハチ公前広場の噴水 〙に、飯田さんが、イラストを添付して掲載してくれました。

  

 渋谷駅前のハチ公の銅像の住所というのは、実は道玄坂なんですョ。

 

 それで、イラストに描かれていた景色の、中央からやや右側にあるビルを、私は渋谷駅前ビルとカン違いしてしまい、大間違いしてしまいました。

 

 一部を誇張や省略したイラストであったとしても、道玄坂に焦点を当てていれば、京王井の頭線の渋谷駅と、当時、国電と呼ばれ、今は JR と呼んでいる山手線渋谷駅との渡り廊下が描かれているはずなのに、そのことにも気づきませんでした。

    

 念のため、ちゃんと、ストリートビューとかグーグルアースで、井門渋谷ビルとか、渋谷東宝をチェックしておけばよかったのですが、それをしなかった私の大チョンボです。

 

 平面的な位置ズレやイラストでのビルの名称は完全な私のマチガイです。

  

 イラストの下側の左側のわずかな傾斜を上ると、東急の 109に行きます。

   

 その場所の道玄坂の反対側を少し上ると、渋谷東宝になり、その隣が、私が常駐していた井門不動産の店子のインテリア井門でした。

    

 私が前回投稿した続・大夕張つれづれ #123 〘 道玄坂の思い出その1 〙に飯田さんが添付してくれた写真でハッキリわかりますが、私のカン違で、渋谷東宝とインテリア井門と思っていたビルは、西武百貨店でした。

    

 その西武百貨店の前の神宮通りの反対側に、○I○I のクレジットのマルイのロゴマークが見えます。

 

 その隣の渋谷駅寄りのビルに、大盛堂書店がありました。 その書店は、クレジットのマルイの横には今はない。

    

 この書店は、当時としてはちょっと珍しい形態だった。

    

 地下1階では、ミリタリーグッズを販売していた。 もちろん軍事関係の洋書も含めた書物もです。 この店はアルバンと言い、オタクの間では有名だったらしい。 この店は、大盛堂書店のテナントだったのか、ビルの所有者との直接契約だったのかはわからない。 本物かコピー製品かは知らないが、旧ドイツ軍の軍服やヘルメットが多くあった。 蛇足だが、評論家の坪内祐三が、このアルバンについて触れた文があるようだ。 その他、LP レコードもこの地下1階で販売していたように思う。 切手も売られていたはずだ。

      

 1階は、普通の雑誌売り場だった。

   

 2階は、損害保険会社が入居していた。 書籍売り場はなかった。

     

 エレベーターはあったが、エスカレーターは昇りだけで、それも3階までだったような気がする。

    

 3階は、当時の書店としては、珍しく、政府刊行物を多く揃えていた。 このフロアでは、欧米の古書なども売っていた。 空想社会主義者と言われたイギリス人の、活字だと思うが、古書の、筆記体様のロバート・オウエンの著作集十数冊が、40万円ぐらいの値札がついて出品されていた。 私の給料が、手取り12万のころである。 3か月ぐらいしたら売れていた。

   

 4階と5階は、どっちがどうだったか覚えていないが、文庫本と単行本やマンガの単行本が売られていた。 当時のマンガの最小寸法は新書判で、文庫本タイプのマンガは、まだ売られていなかったような気がする。

    

 6階では、歴史書や思想書が置かれていた。 地図もその階だった。 後に、地下1階で売られていたミリタリーグッズが、販売面積を狭くして、この階に移動してきた。

    

 7階は、小中高生の学習参考書。

    

 当時としては珍しかったのは、たしか、8階だった思うが、喫茶コーナーがあったことだ。 種類は少なかったものの、ケーキも置いてあった。 リンガホンなどの語学教材も、この階だったように思う。

     

 そういう、いい意味でちょっと風変わりな書店だったので、大夕張つれづれ # 11〘 ハチ公前広場で出会った若者 〙の彼の話を思い出し、大夕張のことを書いた本があるかもしれないと思い、探してみたら、すぐに見つかった。

 

 夕張は、メロンのおかげで有名な地名だが、大夕張となると、知っている人はとても少ないハズだが、1冊だけだったが、一応書棚に有った。 その当時建設されるダムとしては、日本で最大のダムだということが書かれていた。

       

 その書店が入居していたビルも、いつの間にか取り壊され、別なビルに変身していた。 古い建物だったからなァ ••••••。

    

 ところで、前回の私の投稿に添付してくれた飯田さんの写真を見ると、神宮通りから渋谷センター街に向けた方向に、屋上の広告塔が緑地で、白抜き文字で、サロンパスと書かれたビルの下部をよく見ると、大盛堂書店と書いてある。

    

 おやッ?と思ってネットでチェックしてみたら、クレジットのマルイ横にあった、かつての大盛堂書店と大いに関係があった。 大夕張には何の関係もないが、ヒマがあって興味が湧いた人は、ネットでチェックしてみてください。

    

 〘 本のデパート、大盛堂書店 〙でググると、記事がいくつか出てきます。

 もう少し限定するつもりで、〘 本のデパート、大盛堂書店、まほろば、ココログ 〙でググると、当時の大盛堂書店の紙袋を保存していた人がいて、各フロアの書籍販売の案内書を読み易いようにした投稿がありました。

    

 記事によって、フロアの数や案内の内容が異なりますが、この紙袋に印刷された内容が、私が先に挙げた記憶と、かなりの部分が合致する。 しかし、こういうモノを、キチンと保存している人がいるんだなァ ••••••。

 

(2022年12月24日 記)


(筆者略歴)

 昭和23年11月に明石町生まれ。鹿島東小学校から鹿島中学校に進み、夕張工業高校の1年の3学期に札幌に一家で転住。以後、仕事の関係で海外で長く生活。現在は、タイ、バンコクで暮らす。



 

 

   

2件のコメント

  • コロナ前に妻と一緒に渋谷に行く機会があった。大学時代に何度か行った万葉会館は探せなかったが、昔狸小路に何度も行った
    シェイキーズという同じピザ店を発見。なつかしさの余りためらうことなく入店した。
    500円食べ放題で子供にはオモチャを会計の時にサービスしてくれた店で何度も利用したことがある。
    味の程はふたりとも思い出せなかったが、色々と感慨深いものがあった渋谷の散歩だった。

  • 高校大学と登下校の際、「さっぽろ-大通り」間の地下鉄代をうかすため、大通りから札幌駅まで駅前通りを歩いた。
    チカホもなかった頃、大通りの「リーブルなにわ」から「なにわ書房」「アテネ書店」とハシゴして毎日雨の日も雪の日も本屋に立ち寄っていた。『大夕張』の背表紙の文字はなかなか見なかったが、時に出会うことがあった。
    「シューパロ川のほとり』はそうして偶然出会った本の一冊だった。
     
    それにしても高橋さんの記憶力すごいですね。
    大夕張の本屋といえば、駅前の『川西商店』と駅前通りの『谷野書店』だけれど、その内部について記憶にはあるものの、平積みの「平凡」「明星」の週刊誌と、壁にキッシリ詰まったハヤカワミステリしか浮かんでこない。
    まあ、早いはなし自分が立ち読みしたり、買った本のことしか覚えていないということなんですが・・・。

     

    シューパロ川のほとり|栂 苓子

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