千年町

千年町界隈 戦没者慰霊碑 思い出の街角

千年町界隈 戦没者慰霊碑

千年町駅から錦町にかけての山側にあった寺院街の一角。 慰霊碑の向こうに大聖寺が見える。 このあたり、春には桜が綺麗に咲き、花見の人々も多かったという。 平成になり、大夕張が閉ざされることになった時も、お盆には戦争で亡くなった人たちの家族が各地から参拝に訪れ、碑の前で手を合わせる人々の姿が多く見られた…
桜荘の庭 思い出の街角

桜荘の庭

 千年町の鹿島東小学校のグラウンドを見下ろす場所に、桜荘、青葉荘が建っていた。    ここは、桜荘の庭。  小さな池に向かって一心に遊んでいる一人の少女。  その向こう、遠くに見えるおばさんのいる道路を下っていくと、東小学校だった。  中学校行のバスも走った、舗装の途切れたあたりの道路。     道…
鹿島労働会館 思い出の街角

鹿島労働会館

昭和47年頃 千年町 千年町にあった鹿島労働会館。戦後、結婚式や宴会、様々なイベントで活用されていた。   白黒写真に着色した画像   母が労働会館に勤務  【阿部照子(旧姓白岩)】  開館時に、母が管理人及び調理師として住み、身体を壊すまで住んで居ました。  父は役所でしたので小学生の私は両方を、…
夕張市役所鹿島支所と鹿島労働会館 思い出の街角

夕張市役所鹿島支所と鹿島労働会館

 昭和45年頃 手前(明石町側)が鹿島労働会館 向こう側が夕張市役所鹿島支所。  千年町にあったこの2つの建物は,沢で隔てられた明石町は別として、子どもの頃の感覚としては、ちょうど市街地の外れにあるようにたっていました。    昭和30年代、大夕張駅前と千年町を結ぶ本通りが、舗装されてきていた時も、…
夕張市役所鹿島支所 思い出の街角

夕張市役所鹿島支所

 昭和47年頃 千年町に鹿島労働会館の建物の横にあった。  市役所鹿島支所の建物の壁に掲げられた垂れ幕には、写真を拡大してみると、『 「石炭産業の長期安定と 産炭地防衛を市民総意で推進します」~~~推進本部 』と読むことができる。  石炭産業の衰退がいわれ、閉山の話も聞こえてきたころ。    鹿島支…
鹿島気象観測所 思い出の街角

鹿島気象観測所

昭和40年頃、千年町、鹿島支所裏手にあった、気象観測装置。 ちょうど崖の縁にあり、木立の間から常盤町の鹿島中学校のグラウンドと校舎が見えている。   気象観測の機器についてよくわからないが、   気温と湿度を測定する百葉箱 雨量計の枡 積雪量を量るものさし 風向計   などが設置されていたようだ。 …
大井組と大井質店 思い出の街角

大井組と大井質店

 大井組は、大正年間に現在の南部にあった大夕張炭鉱株式会社に大井鉄平氏が、請負業として入った。飯場をかかえ、坑内の仕事も請け負っていたらしい。  大正10年7月25日新錦坑でガス爆発があった。  死亡者は、大井組飯場所属の組夫千葉某以下5人であった。そのショックから大井組は、坑内の仕事から手を引いた…
すずらん灯 2丁目3番地

すずらん灯

 昭和30年代の千年町商店街の写真を見ていると、目につくのはすずらん型の街路灯である。  球形のライトが鈴蘭の花のように連なっている洒落たデザインである。  同じく昭和31年のメーデーの大夕張駅前の写真にもすずらん型の街路灯が写っている。    対して昭和40年代、大夕張駅前周辺の写真をみると円盤状…
大夕張劇場 映画の看板 思い出の街角

大夕張劇場 映画の看板

千年町大夕張劇場。右手が千年町駅、左手が鹿島東小学校方向。 ずらりと映画の看板が入り口の上に多数貼りだされている。 左から写真を拡大しながら、映画のタイトルを読んで行くことにしよう。 『遥かなる男』 〇七〇〇笠のような字が見える。絵は時代劇のようだが、わからない。 『雨情』 『土俵物語』 『水戸黄門…
千年町商店街 1997 思い出の街角

千年町商店街 1997

平成9年(1997年)の千年町バス通り。 とはいえ、すでに「中学校行」のバスは走っていない。   場所的には、『昭和49年千年町商店街』と同じあたり。 織田商店、富田商店のあたりから、東小方面をみたところである。   『昭和61年(1986年) 大夕張の面影』では、このあたりの車窓風景がゆっくり流れ…
昭和28年 大夕張劇場 思い出の街角

昭和28年 大夕張劇場

 昭和28年(1953年)の大夕張劇場。左端に写っているのは永原呉服店。「呉服大売り出し」の幟が見える。  昭和31年、三菱バス山内線開通後には、『劇場前』のバス停があった。    ここは、四つ角の交差点になっていて、昭和43年頃には、大夕張劇場はすでにパチンコ店になり、西側に、サトミ会館、永原呉服…
昭和47年 三吉神社 思い出の街角

昭和47年 三吉神社

昭和47年頃、三吉神社(千年町) 三吉神社は戦前に開設されたという。 千年町在住の中島政雄氏(中島組-北宝建設)が建立したもので、初めは明石町にあったが、大夕張ダム建設による水没のため、千年町に移されたといわれている。   氏子が多く、開運や厄払いで一時は賑わいを見せたという。   多くの商店が建ち…
歳末助け合い風景(永原呉服店前) 思い出の街角

歳末助け合い風景(永原呉服店前)

大夕張労働組合解散記念誌『未来に向かって』より。 写真には、昭和32年12月15日と説明されているが、当時と大夕張では珍しい乗用車が映り込んでいる。ザッとネットで調べて見ると、トヨペットマスターという車ではないかと思われる。 場所は、千年町、永原呉服店前での歳末助け合い運動の風景。   永原呉服店は…